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――一九八一年七月。
赤い液体が飛び散った教室で、その少年は、眼前で仰向けになっている者を、ただ茫然と眺めていた。
話は、このことが起きる数日前へと遡る――。
福岡県大牟田市にある私立の小学校へ通う、堂島武臣と言う短髪の少年は、成績は常にトップで、信頼もあった。
二年生へと進級した月、堂島のクラスに、川上雅之と言う少年が、転校してくる。
堂島は川上に対して、特に何も思っていなかった。
一学期の成績通知表が手渡される、その日までは――。
通知表配布の日、堂島は“今回も一位だろう”と、パターン化しつつあるいつもの結果に、余裕を見せていた。
しかし、川上が通知表を受け取った後、その周囲の者がざわつきだす。
“一位じゃん”と――。
堂島は、その発言に、微かな焦燥感(しょうそうかん)を覚えた。
これまで、トップをとりつづけてきた堂島のバックグラウンドには、“虐待”と言うものがあった。
堂島は、その恐怖から逃れるために、“いい子”になればいいと思い込み、今日まで一位の座を確立してきたのであった。
堂島は名前を呼ばれると、川上の“一位”は嘘だと自らに言い聞かせ、通知表を受け取りに行った。そして、席次に目を通す。
“堂島武臣――二位"
それが視界へ入った瞬間、心臓を鷲掴みされるような、息苦しい感覚に襲われた。
“殺される……"
堂島の脳裏に、染み込んでいくように、そう浮かび上がる。
――その夜。
堂島家のバスルームでは、母、雅子が、堂島の頭部を掴み、水の張った浴槽へと、殺す勢いで沈めていた。
雅子の目には、この時堂島が“物”としか見えていなかった。
堂島は、呼吸を出来ないこの現状に、抗うように、手足をばたつかせている。
そんな堂島を静まらせようと、雅子は、掴んでいる頭部を浴槽から持ち上げ、角の部分へと激しく叩きつける。
堂島は頭部から大量の血液を流し、その場で意識を失った――。
それから意識を取り戻し、再び学校へと通うようになる頃、堂島の裡(うち)に、川上に対する悍(おぞ)ましい殺意が孕(はら)まれていた。
堂島は、“川上が転校してきたからこんな目に遭うんだ”と錯覚し、川上の姿を捕らえるように教室へと向かう。
そして――見つける。
堂島は、獲物を捕らえる獣のように、川上の背後に接近し、鈍く鋭い拳を、うなじへと打ち込む。
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