拝啓、とても遥かな甲子園様

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45Lのゴミ袋いっぱいに作った[新聞紙ボール]とバットを持って、近くのもう薄暗くなっていた公園に行った。 「トスバッティンクするで」 おかんが、諒の斜め前に立って新聞紙ボールを投げる。 「よう~、ボール見てな。ボールから眼ぇを離したららあかんで。思い切り叩きなさい」 ――何回も、何回も空振りをして。 「ええ、ええ、構へん。ゴミ袋いっぱいにボール有りますがな」 そして2人で空振りした新聞紙をまた拾ってゴミ袋に詰める。 「諒、も一回やろか!」 「俺。ダメだよ。野球下手だもん」 「アホやなぁ。最初から上手いことでけるひとなんかおらへん。ほら! あんたが『すごい!』言うてたイチローかて、はじめは一緒や。さぁ、やるで!」 薄暗かった公園は、もっと暗くなって。 だけど、街頭の下でおかんは新聞紙を投げ、諒はバットを降り続けた。 気がつけば諒の手のひらは、擦りむけて血が滲んでいた。 「パパが心配するから帰ろ」 おかんが優しく言って立ち上がった。 家に帰ると、パパ――明夫(あきお)が蒼くなった。 「ママ! ママ! 諒の手から血が出てる! 何を諒にしたのッ」 大事な一人息子。明夫は、諒が生きていてくれるだけで幸せだ。 「パパ、何言うてますねん。諒がやっと野球をヤル気になりましてんで」 おかんがニヤッと笑った。
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