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季節は、春先くらいだったろうか、日曜日。まだ開演したてでお客の数はそう多くなかった。こういう時は歌いながらでも、客席がよ~く見える。
その中に、40前後の男女のふたり連れ。デートの途中、休憩がてら立ち寄るカップルは珍しくないのだが、いでたちがおかしい。
試しに、と、次にやる予定の曲を取りやめ、不倫をテーマにしたバラードをやることにした。
リアクションはテキメン。女性のほうなど手を胸の前で握り合わせ、夢見るような表情で聴いている。歌い終わると、笑顔で拍手だ。
もし、「そういうこと」なら、わかりやす過ぎるぜ、おねえさん――などと苦笑しながらワンステージ終える。
替わって友人たちのバンドが演奏をし、おれは会場係。その時、例のおふたりが声をかけてきてくれた。
演奏の後、会場をうろうろしていると、聴いてくれたお客が話しかけてくれることがある。
大抵の場合、好意的な励ましの言葉がいただけるので、その時も、満面の笑みで応えた。
友人たちのバンドが演奏を終え、ライブはインターバルの時間になった。
まだ若い、無職のヴォーカリストがおれのところに走ってきた。顔色が、悪い。
「Tさん、いまのひとたち…」
呼吸も荒い。
「……ど、どんな話、されました?」
「いい歌だとほめてくれたよ。それと――なんだっけ、なんか決心がついたとか……」
おれの話を聞き終わる前に、そいつは舌打ちをし辺りを見回した。
さっきの男女を探しているなら、もう見つけるのは難しいだろう。
彼もそう思ったようで、あらためておれに向き直り、真面目な口調で言った。
「そのおふたり――おそらく、結ばれることが難しい立場にいる、恋人同志でしょう」
多分ねーと軽く返すおれ。
「ステージから見ていてもわかりました。多分、その抱えている問題はおれたちが想像する以上のもので…」
「うん」
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