最後の曲

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「おれは何度も見たことがある。自殺者の――自殺志願者の姿です」 彼は、“見える”人間だという話は聞いていた。 現に、彼の“ご託宣”に従い、人生をまったく変えてしまった(いい方に)男をおれは知っている。 「それって、不倫の末に心中とかの話か?」 「多分」 「へえ」 「へえじゃないですよ!Mさん(彼のバンドのリーダー)もそうですけど、ふたりとも自分たちの”歌の力”に無頓着過ぎる。いいですか、人間の声の力というのは、祈りであれ、呪いであれ、古来から超自然的な効果を期待されて発せられてきました。言霊、とかじゃなくて、声を発するという行為自体が非日常であり、そこに届く力があるんです。洗脳の技術として、異様な発声や執拗な繰り返しに曝し続けると いう方法論がありますが、故なきことではないんです」 そいつがあまりに真剣で、しかもおれに対し怒っているようなので、だんだんおれも怖くなってきた。 「じゃあもしあのふたりが心中したら、最後にやったおれの曲のせいってことか?」 「はい」 「いい切るな馬鹿!それじゃこれからなにも歌えなくなる!」 「そこまでは言ってません。ただ――Tさん、あのふたりの関係にうすうす気づいた上で最後の曲やったでしょ」 「…………」 「そういうことは、やめた方が、いいです」 話はそれで終わった。 その後、おれの目にした範囲の事件の記事やニュースで該当する男女の死亡事件はない。しかし、人間が声を――特に非日常的な声を発するというのは、危険なことなのだと言われたことが、頭に残った。 そういえばどこかのスレで、カラオケボックスには霊が集まりやすい、とかいう話を読んだ。 おれはその後、ほどなくライブ活動をやめ、作曲活動に専念したが、数社から新人歌手の楽曲提供のオファーが来て、結局どれも採用されず、音楽活動をやめ、現在に至っている。
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