5人が本棚に入れています
本棚に追加
「おれは何度も見たことがある。自殺者の――自殺志願者の姿です」
彼は、“見える”人間だという話は聞いていた。
現に、彼の“ご託宣”に従い、人生をまったく変えてしまった(いい方に)男をおれは知っている。
「それって、不倫の末に心中とかの話か?」
「多分」
「へえ」
「へえじゃないですよ!Mさん(彼のバンドのリーダー)もそうですけど、ふたりとも自分たちの”歌の力”に無頓着過ぎる。いいですか、人間の声の力というのは、祈りであれ、呪いであれ、古来から超自然的な効果を期待されて発せられてきました。言霊、とかじゃなくて、声を発するという行為自体が非日常であり、そこに届く力があるんです。洗脳の技術として、異様な発声や執拗な繰り返しに曝し続けると
いう方法論がありますが、故なきことではないんです」
そいつがあまりに真剣で、しかもおれに対し怒っているようなので、だんだんおれも怖くなってきた。
「じゃあもしあのふたりが心中したら、最後にやったおれの曲のせいってことか?」
「はい」
「いい切るな馬鹿!それじゃこれからなにも歌えなくなる!」
「そこまでは言ってません。ただ――Tさん、あのふたりの関係にうすうす気づいた上で最後の曲やったでしょ」
「…………」
「そういうことは、やめた方が、いいです」
話はそれで終わった。
その後、おれの目にした範囲の事件の記事やニュースで該当する男女の死亡事件はない。しかし、人間が声を――特に非日常的な声を発するというのは、危険なことなのだと言われたことが、頭に残った。
そういえばどこかのスレで、カラオケボックスには霊が集まりやすい、とかいう話を読んだ。
おれはその後、ほどなくライブ活動をやめ、作曲活動に専念したが、数社から新人歌手の楽曲提供のオファーが来て、結局どれも採用されず、音楽活動をやめ、現在に至っている。
最初のコメントを投稿しよう!