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「長谷川さん、何を隠してるの?」
「な、なにも隠してなんか」
「嘘でしょう?」
長谷川の口が閉じた。抵抗しようともせず、壁に寄りかかって俯いた。
俺は覚えている。内田が、田口達から彼女を庇っている様を。
大人しい性格をしていた同級生は、みんな彼の退屈を紛らわせる対象になったはずだ。
彼女も例外じゃなかった。暴力は振るわれなかったけど、陰湿な悪戯や罵倒は何度も受けていたはずだ。
いじめられていた人間が、いじめていた相手に挨拶なんてしようと思うだろうか。
俺ならしない。恐怖は心に残るものだ。一度離れた恐怖を、もう一度自分の身近に置こうと思うとは思えない。
挨拶なんて、嘘だ。彼女は嘘を吐いているんだ。だから、言葉に詰まった。
変わるという単語の度に彼女は焦っていった。間違いなくあの男の件に関係している。
しかし、無理に心をこじ開けたような気がする。悪いことをしたような罪悪感が募った。俺が反省し出した時、急に長谷川は笑顔になった。
「いやん、酔っちゃったあ。優輝君、外に連れてってえ、夜風に当たりたいのお」
そう言うと、長谷川は体を密着させてきた。突然のことに対応出来ず、困惑する。
腕を引っ張られ、長谷川はいつの間にやら座敷席にに置いていたコートを手にすると、それを羽織る。そして俺はそのまま外に連行された。
赤井や犬川から妙な歓声が上がるが、内田は慌てて俺達に付き添ってくる。
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