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「まあ、年単位で会ってないからな。賢二とは軽く挨拶程度はしたが」
「あの人ーー田口君には?」
「あいつとはなにも話してない」
渡辺は目線を逸らして、口元を引き締めた。どうやらなにか思うところがあるようだ。
「どうして?」
「話せないだろ。だってよ、あいつーー」
徐々に声を潜めて、渡辺は俺の側に顔を寄せる。そして、言った。
「田口正哉じゃないんだから」
知っているつもりではあった。だが、はっきりとそう言われると、衝撃的な言葉だ。
「なんでそう思うの?」
「俺は中学まであいつとは毎日のように一緒にいたんだ。判るに決まってるだろ。
あいつにも声は掛けたんだ。だが、手を振るだけで声は発してねえんだよ。
賢二と話しちゃいるが、さっきからあいつは相槌しか打ってない。俺が知ってる正哉って奴はでしゃばりで、口を閉じてるのが嫌いな奴だ。
人が話してても、自分の話したいことを話してくるような奴なんだよ。
そいつが黙りっぱなしで、しかも顔付きも違う。まずここで疑わしいだろ。なんだ、こいつってなるだろ。
性格も、数年ありゃ大人びたりするだろうが、どうも違う。そういう変化じゃねえんだ。あいつは元から気性が違う。
数年経って変わったんじゃない。元から人が違うんだ。だから、全部違うんだよ。
野郎は何者だ? どうして正哉の振りをしていやがる。お前、なにか知らないか」
渡辺は思うところを吐き出したようで、手元の焼き鳥を口に頬張り、俺を睨んだ。
「俺も、気になっててね。あれは田口君じゃないって」
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