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小学校高学年の頃、一体なにがあっただろうか。特に問題なかったと思うんだけど。
「俺になにがあったの?」
「それは、それはね」
皆が言い出しにくそうに俯いた。草野だけは俺の顔を凝視している。
「草野さん、教えてよ! 俺にはなにがあったのさ!」
「私には、答えるべき答えがありません」
解ってはいた。それでも聞かなければ、声を出さねば気が済まなかった。
周りが黙り込む中で、席を立つ音を聞いて反射的に振り向くと、坂井の横にいた――あの男が席を立っていた。
坂井が驚いたように男の裾を掴んだが、男は無言でそれを払う。
彼は周囲の視線を独占しながら、俺の前に立った。背は同じくらいで、前髪が長い。目元を覆っていて、正面からだと目が見えない。
「久しぶりだね」
穏やかな口調だった。あまりに優しく、静かな声に、俺は反応が出来ずに困惑する。
「小学校以来だ。随分立派になった」
「誰? 君は誰なんだ」
「判らないかな。僕のこと」
彼は俺のことを知っている? やはり同級生なのだろうか。
だけど、俺はこの人を思い出せない。見覚えがあるのに、確かにどこかで出会っていると直感的に判るのに、記憶に存在していない。
「判らないよ。君は誰?」
「……無理もないか。君は眠っていたんだから」
「眠っていた?」
「詳細を聞きたい? だけど、念を押すよ? これを聞けば、君はもう二度と元の生活には戻れないよ。それでもいいのかい?」
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