濁った真実

18/19
前へ
/73ページ
次へ
 そうだ、きっとそうだ。だっておかしいだろう、あいつらの声が聞こえるなんて。死人に口はないんだ。  そうさ、俺が死ぬ必要なんてない。 「恐いのですか?」  俺は目を見開き、ナイフから草野へ視線を移す。彼女の目は、俺の心を見透かしたように、大きく開いていた。 「恐くありません。だって夢なんですから。 怖くありません。だってこれは貴方の妄想の世界なんですから。 どうします? 止めますか。それとも、現実に戻りますか?」  ああ、理解した。彼女の目をしっかりと見て、理解した。彼女は俺と同類なのだ。  どこか、別の世界が彼女には見えている。そして、それに依存して生きているんだ。だから、彼女は現実に見えないものが見えている。  俺も同じなのか? これは、現実なのか、妄想なのか。彼女は実在しているのか? 俺が、自分と同じ仲間が欲しくて生んだ、妄想の産物なんじゃないのか。  現実、妄想、実像、虚像。  どっちだ。俺は今、どちらにいるんだ。どちらを見て、どちらを感じている? 「私はそろそろお暇しますね。では、またどこかで」  妖しく微笑む草野は、そのまま病室を去っていった。旋風のような女性だ。  自分に触れる。肌は柔らかく、温かい。これは生きている証拠だ。なら、これは現実?  いや、あの妄想の中でも、温かいものは温かくて、冷たいものは冷たかった。  俺を呼ぶ声がする。あの手紙の謎を突き止めろと声がする。ああ、そうだ、約束したもんな。  きっと、あの中の誰かが犯人なんだ。なら、あいつらがいないといけない。  でも、あいつらは現実にいるんだ。なら、俺は早く夢から覚めないと。
/73ページ

最初のコメントを投稿しよう!

631人が本棚に入れています
本棚に追加