濁った真実

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 夢? 俺は何を言っているんだ。こちらが現実だろう?  病室を見回すが、そこには俺以外に誰もおらず、実に静かで、人の往来もない。  自分以外の存在が感じられない。これは本当に、現実なのか。  太ももの中ごろからない、足だったものの名残を、体を捻り眺める。  擦ってみると、温かくてくすぐったい。確かに自分の一部であるそれが、足として機能していたものとは思えなかった。  誰もいない。そして動けない。足がない。人がいない。  孤独だ。そして、未来も希望もない。これが現実か? 本当に俺は、こんな世界に生きていたいのか?  あの手紙の謎を解く方が、余程いい。藤沢を騙るあいつが誰か、悩んでいた方がまだいい。  ああ、そうだ。何を現実と考えるかなんて、誰かが決めるんじゃない。自分で決めるものだ。  これが現実だと思えば、それが自分にとっての真実なのじゃないか。  例えそれが、嘘だとしても。 「嘘だ。空想だ、妄想だ、夢だ、幻だ、こんな現実は、偽りだ! そうとも、騙されているんだ俺は」  こんな世界に騙されるところだった。まったく、どうしてこう精巧にできた夢なんて見るんだか。  俺は、震える腕を伸ばした。  その先にある、光を反射し、白みがかった鋭利な切っ先を強調する果物ナイフを掴むために。  大丈夫、平気さ。だって、これは、夢なんだから。
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