00、エタノールの匂い

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ほら、ここが手術室だよ。 こびりついて取れない嫌な臭いがするだろ。 ってさっきから君は何をそんなに叫んでるんだい? んっ? 僕が誰かだって? 何言ってるんだ? ここに入ってきたときからずっと一緒にいたじゃないか。 手術台にくくりつけられたぐらいでそんなに叫ぶなんて情けないなぁ。 僕がここで何が起こったか再現してあげるって言うのに。 さぁ、静かにして。 まずは腹だったんだ。 医者は患者の腹にメスを垂直に突き立てた。 グサッと。 見えないかな? 懐中電灯で照らしてあげる。 叫ばないで見て。 君のお腹に刺さってるメスが分かる? 虫達も寄ってきたね。 助けてくれ? 何を言ってるんだい? せっかく実演してあげてるのに。 で、このメスをぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃって君の腹の中で暴れさすんだ。 あれ? すっかり元気がなくなってるね。 んっ? 何でって今僕に聞いたの? 何でこんなことするかって? 言ったじゃない。 一人は怖いって僕は言ってたじゃない。 あれ? 君には聞こえてなかったか。 グチャグチャグチャ まだ動けるの? 僕は怖いのが大好きなんだ。 一人は怖い… ねっ? 一人にならなきゃダメなんだよ。 やっと動かなくなった。 これで一人だ。 夜の病院は怖いなぁ。 下のやつらは叫びを聞いて逃げたかな? これでやっと一人だ。 でもね… さっきから誰かが僕を見てる気がするんだよね… こいつはもうグチャグチャだから違うだろ。 視線を感じるんだ。 見下ろすように僕を見てる視線が。 あぁ君か。 君だよ、君。 ディスプレイに浮かぶ文字をスクロールさせながら僕を見てたんだね。 携帯電話はそのまま見てた方がいいよ。 誰か助けを呼びたいなら、それを使わなきゃだからね。 一人は怖い、怖いは楽しい。 僕を見てる人物なんていてはいけないんだよ。 さぁ、もう僕は君の元に向かうよ。 今夜は眠らない方がいい。 だってその眠りの先に、君は手術台の上で目を覚ますはずだから。 つまり次の眠りが君の最後の眠り。 エタノールの匂いに抱かれて終わりの朝を迎えるための。 そして君はぐちゃぐちゃになった自分の腹を見なくちゃいけない。 覚悟をするんだよ? 僕は必ずそこに行くから。
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