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「…千紘さん?」
呼びかけると、ハッとしたように千紘さんは僕から目を逸らす。
そしてきゅっと唇を噛み、残り少ないグラスの中身をあおった。
「やーだ、もう!」
そう言って僕の肩を叩いた彼女は、もう僕の知っている千紘さんに戻っていた。
「響ちゃんってば、やっさしーい!」
「…どうしてそこでおどけるかな?」
「おどけてなんかないわよ? あ、ちょっとごめん、トイレっ!」
「えっ?」
言うが早いか、彼女はスツールから素早く降りて、奥へと進む。
僕は唖然としながら、その背中を見送った。
くすくす、笑い声が耳に届く。
「千紘がそうやって茶化すのは、誤摩化したいときだよ」
「え?」
声のした方を振り返ると、笑いを噛み殺せていない翔兄さんが、僕にグラスを差し出していた。
それを受け取り、いまの言葉の真意を問うと、翔兄さんはまた笑みを深くする。
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