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「フィオナ――白雪姫……」
憎々しげに、その名を呼ぶ。
『白雪姫』は、エルドラド王国の姫――現国王の前妻の生んだ、一人娘につけられたあだ名だ。
白雪のように美しい姫君。幼い頃からのその美しさは際立っており、国境を越えて評判を呼んだ。
白雪姫をぜひ妃に、と懇願する王子は数知れぬ。だが、彼女の父王は、その全ての回答を保留し、価値の吊り上げを図った。
エルドラド王国はさして大きくもなく、資源も豊かではない国であるが故、白雪姫の存在は貴重な『商品』だった。
最も利益となる国へ嫁がせる。そのために、何かと理由をつけ、彼女が女性として成人する15歳まで待った。
明日にでも、彼女を手にする男が決まるはずだ。
「認めない……認めないわ。あの娘が、私より美しい……? あの娘が……!」
手元にあったキャンドルスタンドを掴み、振り向きざまに投げつける。それは、部屋の中央に鎮座した大きな鏡に命中した。
指紋一つなかった鏡面が大きくひび割れる。いつの間にか、ヴァリウスの姿は消えていた。
キャンドルの火が、絨毯に零れ引火する。
「ロバート! ロバート!!」
ベルを振り鳴らし、エクレーネは扉の向こうで待機していた従者を呼んだ。
何事かと飛び込んできた男はまだ年若く、見目麗しい。20歳にも足らぬ青年は、元は猟師の息子であり、父親の代理で王の鹿狩りに同行した際、戯れについてきていたエクレーネに見初められ、傍仕えに引き立てられた。
「何事ですか、エクレーネ様!! ――っ、火が!?」
「ロバート、すぐに白雪姫を殺し、その髪と心臓を私の前に差し出すのです」
「一体、何をおっしゃっているのです……それよりも、早くお逃げになってください!」
「お黙りなさい!」
ぼぅっ! と、絨毯に広がっていた火が一斉に燃え上がった。まるで妃の怒りに呼応したかのようなタイミングに、ロバートが息をのむ。
「お前なら鹿を撃つよりも簡単なはず。名手である父親の名に傷をつけたくなければ、この私の命令を完遂なさい」
飴色の艶めかしい髪が、炎に煽られ赤々と染まる。
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