れいてんれい【あるいはそんなもの】

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 この公園はマンションまでの通り道になっていて、今はその帰り道だった。だから必然的に、少女の方へと足を進めることになる。別に他の道が無いわけではなかったけれど、かといってきむすびを返すというのも憚(はばか)られた。逃げたと思われるのが嫌だったのか――あるいは、怖かったのか。頭の悪い例えにはなるが、誰だって熊と出会った時に背を向けたくはないだろう。そんな感じ。ただしこの場合、少女が熊のような獰猛さを持っているわけではなく、あくまで公園の真ん中でパンツ姿というその異常さに、僕はびびっていたわけだけれども。  一歩、二歩、三歩。いつもより速く、けれど決してこちらの弱みを気取られないくらいのスピードで、少女との距離が縮まっていく。ばくばくと心臓が音を立てていた。まるで身体全体が脈打っているかのような感覚だった。生きた心地がしないというのは、案外こんな感じなのかもしれない。  少女との距離が完全に詰まる。後二歩行けば、僕はきっと走り出すだろう。なりふり構わず。後先考えずに。後も先も無く。だってもう少女と会うことは二度と無いのだ。  後――一歩。  少女と僕が交差する。  その一瞬の逢瀬。  けれど僕は気付いてしまった。少女の隣、さっきの位置からは死角になっていたその場所に、彼女に寄り添うようにしてぼろぼろのランドセルが置かれているのを。  僕は――立ち止まっていた。  まるで走馬灯のように、めまぐるしく思考が渦巻く。それが消化される間も無く、誰かが言った。 「きみ――スカートは?」 「スカートは、無くしたの」  それが、僕と彼女の最初の会話だった。
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