Dog house

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本気、かっこ悪いけど。 高校の頃に彼女だった女と学校の階段の踊り場で喧嘩をして、俺は階段を突き落とされた。 手摺に捕まる余裕もなく、頭を抱えて転げ落ちて。 頭を打って。 痛みを堪えながら視界の端に女を見る。 女はそのまま何も言わずにいなくなって、俺だけがそこに取り残された。 ものすごくかっこ悪い。 チャイムが鳴るまでうずくまっていたい。 そんな俺に後ろから声がかけられた。 大丈夫? 振り返ったそこにいたのがチカだ。 思いきり恥ずかしくなって、俺は何も言わずに逃げた。 けど…、声をかけてくれたのが、うれしかった…なんていうのがある。 その一度だけしか声をかけられたこともない。 けれど、だから……俺はチカに甘えてしまうのかもしれない。 その時、俺が一番欲しかった言葉をくれたから。 淡い記憶を思い出して、俺は電話の向こうに確かにいるチカを思って目を閉じる。 隣にいるような気分で、何かが少し癒されて、落ち着いて。 このまま朝まで眠れるかもしれない。 『仕事は?』 耳元、聞こえるチカの声。 「…雨が降ってなければ、いつも通り朝から。雨が降ったら休み。…雨、降ればいいのに」 このままずっとチカの声を聞いていたい。 本気で甘えている自分を感じて、嫌になりながらも、今はそうありたいと思う。 『眠くないの?』 「……寝て起きた。長時間眠れない。…チカを抱き枕にして寝たい」 『他の人には電話しないの?』 「…めんどくさい。こういうときはおまえと話してるのがいい」 答えながら、不意に気がつく。 俺はチカを起こしてしまったようだ。 さっきまでの眠りの中の声でもなく、ちゃんと会話になっている。 俺は眠ろうとするのをやめて体を起こす。 チカが俺の相手をしてくれているから。 ずっと電話に出てもくれなかったのに、普通に話してくれているから。 『お酒飲んで寝ればいいのに』 「おまえな…。現場に出てる仕事前日は飲まないって決めてる。落ちて死にたくない。…今、水族館建ててる。建ったら遊びにいこう?」 調子にのって、次に会うための約束をつくろうとしている。 チカの返事はしばらくなくて。 その呼吸を探るように耳を携帯に傾けていた。
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