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誰かが優しくしてくれるから、優しい人間になりたいと思う。
俺にはない、誰かの持つ何かに憧れ羨んで、それを得るために仲良くなることもある。
俺と同じ、誰かの持つ何かに共鳴し同感して、同じ気持ちを共有するために仲良くなることもある。
……俺はチカの何に憧れていたのだろう?
高校の頃、チカを見るきっかけになったのは…。
窓際の席。
教室の開け放たれた窓から吹き込む風に、俺の前の席に座る女の長い黒髪が揺れる。
午後の授業はだるくて、頬杖ついて授業なんて聞かずに、その姿勢のいい背中となびく髪をただ見ていた。
その髪にふれて引っ張ってみたくなる。
手を少し伸ばせばふれられるのに、そういうわけにもいかない。
髪が風になびくたびに、うずうずとしてくる。
柔らかそうなサラサラした綺麗な髪。
次に風が吹いたら、風のせいにしてその髪にふれてしまおう。
なんて思っていたら、その女は俺を振り返った。
メガネをかけたその顔と目が合った。
あまりにその背中を見ていて、俺の視線に気がつかれたのかと思った。
でも違う。
女はプリントを回そうとしていて、俺はそれを受け取る。
メガネをかけたその顔、あまりに俺がじっと見ていたからか、少し赤くなって恥ずかしそうにそのまま前を見た。
たったそれだけだ。
大きなきっかけなんてない。
ないけど、それから見ていた。
ほとんど授業中の後ろ姿。
たまに廊下や休み時間に目が合う。
席替えで席が離れても、やっぱり見てた。
廊下ですれ違ったときに、揺れるその髪に惹かれるように振り返って。
その髪を掴んで振り返らせてみたかった。
話しかけるきっかけがずっと欲しかった。
髪を引っ張られて…
いつか酔った俺がチカをどうひっかけたのか、チカに聞くとそう教えてくれた。
俺は意識がなくても俺なのかもしれない。
同じ行動をするのかもしれない。
………また会いたくなった。
携帯の中のチカの隠し撮り写メを見て、写メを指先で撫でる。
いい男と出会ってつきあって…、いい恋愛してくれればいい。
……嘘。
本当は未練と後悔だらけ。
だけど、それに被るように、チカに近づくことを恐れる俺がいる。
傷つきたくないと。
傷つけたくないし、傷つきたくない。
別れは何度も繰り返さないほうがいい。
きっと。
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