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恐れるものはある。
チカが俺に怯えること。
何もしないと言っても…、昨日のように怯えることもあるだろう。
どんなにチカが怯えても、俺はなにもしないと信じてもらうしかない。
買い物を済ませて、美容室の前でチカが出てくるのをニット帽を片手に待っていた。
フードのない服を着たときに頭を隠すものが必要かなと。
髪…、美容室で整えてもらっても、頭に傷もあってひどいことになってるから。
チカに似合いそうな淡い色合いのニット帽。
今は笑えないかもしれないけど、これ被って笑ってくれたら、すごくかわいいだろうなと一人でうれしくなる。
チカはフードを深く被って美容室から出てきて、俺はなんでもないもののようにニット帽をチカにプレゼントして。
「次は飯、っと。なに食べたい?」
「…晃佑の手作り料理」
予想もしていないリクエストをもらった。
俺に料理なんてできる気がしない。
一人で暮らして、小さなキッチンはあっても料理をしたことがない。
外食か何かを買ってくるばかり。
それでも片手鍋と炊飯器だけはある。
米があれば飯は炊ける。
「卵かけご飯でいいか?」
俺はけっこう真剣に聞いた。
俺が作れる料理なんてそんなものだ。
他に作れと言われても自信はまったくない。
「あっさりしたものがいい」
あっさりしたもの…。
以前にチカが言ったものを思い出した。
コンビニサラダ。
あっさりした俺の手作りサラダをご希望らしい。
「サラダ作れって?お手軽。もっと凝ったものって言われるかと思ったのに。24時間スーパーで買い物して帰ろ。ん」
俺は希望を叶えてやれそうで安心して。
チカに手を差し出した。
チカは俯いたまま、そっとその袖から少しだけ出た指先を俺の手にのせた。
俺はその指先を軽く、けれど絶対に離さないようにちゃんと握って歩き出す。
片手にはチカの服が詰まった鞄。
つきあっていたとき、何度も一緒に暮らそうと言ったことを思い出す。
チカを癒したいとか思いながら、結局は俺がチカといたいだけのような気がする。
話してくれなくても。
その顔を見れなくても。
この指先だけでも。
ここにいる。
ただ、それだけで胸は喜びの鼓動を刻む。
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