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「……医者」
チカは難しい顔を見せていたかと思うと、そう答える。
初耳だ。
いや、聞こうとしたことがなかったというか、そういう会話にならなかったというか。
「…初めて聞いた。え?医大?」
「医大」
チカははっきりと答えてくれる。
俺が思うよりチカは頭がよかったらしい。
俺と同じ高校を卒業した奴で医者を目指しているのはチカくらいじゃないかと思う。
「ちゃんと通えよっ。もったいない」
チカはとりあえずといった感じで頷いて流した。
いつまでも俺の家で引きこもりしてくれていてもいいけど。
チカが何かを目指して、その目標のために通っていた学校に行けないくらいにしたのは…俺だろう。
そこを思うと、自分の責任を感じて溜め息がこぼれる。
ずっといてほしい…けど。
俺がそれを望むのは、チカへの甘えにしかならない気がする。
チカがどういう状態なのかわかっているようで、俺は自分の感情を優先して何もわかっていないのかもしれない。
今、ここにチカがいるのは恋愛じゃない。
連れだ。
そう思おうとすると寂しくなる。
右耳のピアスをはずしたままで。
そこにふれると何かが物足りなくて。
左のピアスも久しぶりにかえてみようと、長くふれてもいなかったアクセサリーケースを開けた。
アクセサリーケースというか、俺がアクセサリー類をまとめている箱。
どんなピアスがあったかなと適当にひっくり返して見ていると、ミクのピアスケースがあった。
深紅のピアスがもう一つ入っていたなと、何気なく開けてみると、そこには2つ並んで、ピアスがちゃんと入っていた。
俺は言葉もなく、シャワーの音が聞こえてくるバスルームのほうへ視線を向ける。
1つはここに入れたまま。
もう1つを俺がつけていて、それをチカに投げつけたはずだ。
ここに入ってるということは、チカはそれを拾って戻したということらしい。
ミクという名前を出したかどうかは覚えていないけど、これが元カノの置き土産だとチカはわかっているはずだ。
…わかっていて戻すって…。
嫉妬でもして、どこかに投げ捨ててくれたらいいのに。
俺は不満に思って。
嫉妬もしないのかなと寂しくなって。
その赤いピアスを右耳に戻す。
俺はチカに独占されたいらしい。
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