Desertion

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知花は言いたいことはすべて言ったかのように、起き上がってクローゼットを開けて着替える。 その背中をただ見ていた。 着替え終わると、鞄に荷物を詰めていく。 その背中を見ているのがつらくて俯いた。 俺は何をしたんだろう? 氷った心が溶けると、そんなことを考えた。 理由が理由になっていない。 指先は震えたまま。 「……知花」 その名前、呟くように口にした。 「……一度に全部持っていくのは無理だから、またくるね。それまで部屋の鍵は持っていてもいい?」 出ていくと言ってるのはわかる。 わからない。 フラれたのはわかるけど、まったくもってわからない。 「……俺、振ったの?これ。俺のこと好きなくせに」 「恋愛ごっこ、していたいの?」 知花は聞く。 恋愛ごっこ? 俺がそんな気持ちで接しているとでも言いたいのか? 俺はそんな程度の気持ちだった? じゃあ、何をどう思えば恋愛ごっこじゃなくなる? ごっこ遊びだったということにするのは女のほうだ。 俺にはそんなつもりはどこにもない。 なんていうことも声にできなかった。 痛い。 それだけは口から溢れそうだ。 知花は荷物をまとめると、俺のそばにきて、ベッドの横に座って、俯いたまま顔も見せられない俺の顔を下から覗き込んで見てきやがる。 俺は知花に手をのばして、その頬にふれようとして。 知花はその俺の手を指を絡めて握る。 「……嘘でもいいから、最後に言って?愛してる?」 「……知花の馬鹿。アホ。ボケ。ナス。カス」 嘘でもいいとか、最後…なんて言うから。 俺を本当に信じていないんだとよくわかって、思わず言っていた。 知花はどこか諦めたような笑みを見せて、俺の手を離そうとして。 俺はその手を離さないように強く握った。 俺を信じて。 恋愛ごっこなんて俺はしているつもりもない。 「愛してる。…いかなくていいだろ?」 俺はたぶん、きっと、初めて、俺に別れを告げた女に引き留める言葉を吐いた。 理由が理由になっていないから。 俺は知花と別れたいなんて一度も思ったことがない。 「私は大嫌い」 知花は俺に愛してるなんてセリフを言わせておいて、そんな言葉で俺を突き放して。 俺の唇にキスをした。 さよなら、と。
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