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俺は箱からミクのピアスケースを取り出そうとして、一度もつけられることのなかった、知花にあげたアクアマリンのピアスの入ったケースを見る。
使われなかったとか、持っていかなかったとか、そういうことを考えると、やっぱり痛いし。
信じているその気持ちを疑ってしまいそうにもなる。
片思いなのかもしれない。
だけど、つきあってきた月日をすべて嘘になんてしたくない。
ミクのピアスケースだけを手にして、飯を食べ終わったあと、ミクとの待ち合わせ場所に向かった。
ミクとの間では、いつもの場所みたいになっている広場。
ミクは先に来ていて、夏も近いからかけっこうな露出。
男にナンパされていやがった。
ナンパのはずなのに、ミクは笑ってその男と話す。
ケースごとピアス投げつけて帰ってやろうか。
なんて、彼女でもないけど嫉妬。
だから元カノと別れたあとも仲良くなんてしていたくない。
一度は俺のそばにいたから、その頃の気持ちは薄れても覚えている。
「ミク」
声をかけるとミクは俺のほうを見て、目の前に男がいたというのに、俺に駆け寄ってくる。
高いヒールで走るから、躓いて転びそうになって。
俺は慌てて手を差し出して、ミクは俺の腕にしがみつく。
「ごめん、コウちゃん。ありがとう。いこっか?」
「…あれは?」
俺はナンパ男のほうを見る。
「ちゃんと男と待ち合わせ中って断ったもん。いくら私でも待ち合わせしたのに連れ去られてなんかやらないよっ」
「渡すもの渡したら帰るつもりだったから、あいつと遊べば?」
俺はポケットからピアスケースを取り出そうとして、ミクは思いきり機嫌悪く俺を見てくる。
「…ちょっとくらい遊んで。コウちゃんは元カノに冷たすぎる」
「元カノだからだろ。俺を振ったのはおまえだ」
「でもっ。コウちゃんのこと好きだもん。…いこっ?」
ミクはナンパ男の視線を見てから、俺の腕に腕を絡めて引っ張るように歩き出す。
そのままミクにつきあうように連れ去られてやってみた。
恋愛ごっこ。
ミクとのつきあいはそれしか言えない。
好きではいてくれていた。
それ以上に好きな相手がミクにできた。
一番でいたかった。
俺にはなれなかった。
遊びなら今でもつきあってくれる。
その体も差し出す。
けれど、俺の欲しいものはどうしても渡せない。
だから…ミクを追わなかったのは、まちがってはいない。
そう思う。
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