Dearest

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俺の部屋から知花がいた痕跡は消えていく。 何か完全犯罪の事後処理の如く、ベッドのシーツやカーテンまで変えられて、歯ブラシや箸や茶碗や、一緒に買ったキッチン用品も消えていた。 なのに、いかにも置き土産と言わんばかりに、部屋の中、ぽつんと季節はずれのニット帽が置かれている。 それは俺が最初に知花にやったプレゼントだ。 パーカーのフードかぶりっぱなしで、髪が抜けて禿げたところを隠そうとしていたから。 外にデートにいくときは禿げた場所が気にならない程度になっても、大抵かぶってくれていた。 ピアスよりも気に入って使ってくれていたと思うのに。 ムカつく。 置き土産なんていらねぇっつぅのっ! ニット帽をベッドに叩きつけて。 …拾い上げて。 置き土産があるということは…と、あまり見ることのない玄関の扉のポストを開ける。 電気のメーターのレシートなんかと一緒に、思ったとおりに俺の家の鍵が入っていた。 もう二度ときませんという意味だろう。 鍵を手にして、棚の上に置いて。 ベッドに座って、知花に電話をかけてみる。 着信拒否をされているらしい。 かなりの周到さに参る。 俺に追うなという態度を見せてくれているように思う。 が、俺が直接連絡をとれなくても、その内心を聞き出すための駒はある。 千香と隆太だ。 千香は知花と別れたときに言ってこいと言ってくれていた。 隆太もミクのこと振りまくってくれていても、知花を狙っている節はまったくないとも言えないけど、俺の連れとして役に立ってくれることだろう。 俺の元カノには手を出さないし? ミクには手を出さなくても、知花なら手を出しそうな気がして、かなり嫌だけど。 俺は逃げた知花を捕まえる捕獲準備へと取りかかる。 それでも更に俺から逃げたいと言うなら、いくらでも逃がす。 だけど、知花が俺に本気で嫌気がさすまで追いかけてやろうと思う。 連れにはなりたくない。 俺を振るのなら、とことん嫌ってから振りやがれ。 ということを、俺は今までの元カノとの別れから学んだ。 何事も経験だと思う。
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