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千香が泣いていそうだ。
俺も金をおいて、机の上に置き忘れられた千香の煙草ケースを手にして、隆太に何かを言うこともなく、その背中を追いかけた。
隆太と千香の間のわだかまったものなんて知らないし、それを見せてもらったように思う。
何年たってもたった1ヶ月のことでわだかまるなんて…とも思う。
現在進行形でお互いに気持ちが残ってるんじゃないのかと傍目から見ると思う。
千香の背中を見つけて、俺はその肩にふれた。
振り返った千香は目に涙を溜めまくっていて。
泣かないように口を結んで、俺を見上げる。
瞬きでもすればすぐに涙はこぼれ落ちそうだ。
「忘れ物。…どっか他に遊びにいく?知花のバイト終わるまで、まだ時間あるし」
千香の手に煙草ケースを握らせると、千香の涙が俺の手に落ちてきた。
「ごめん、紫苑。もう電話しない。ごめん…」
涙を拭いまくりながら、そんなふうに謝られた。
…かわいい。
抱き締めたくなる。
女好きかも。
でもかわいい。
俺は道の往来の真ん中で、千香の泣き顔を隠すように、ぎゅっと抱きしめてやる。
千香は俺から離れようと力なく俺の体を押して。
俺はかまわずに更にぎゅっと抱きしめる。
千香は諦めたように、俺に抱きしめられてくれて、しばらくそのまま。
千香の髪を撫でて、千香が落ち着くまで抱きしめていた。
「まぁ、俺も隆太がいて、言葉を交わしていないこと知っていて千香を呼んだから。おまえが悪いんじゃない。ごめんな?」
俺は落ち着いた千香を連れて歩きながら言って、その顔を見るように少し屈む。
千香は俯いていたその顔を上げて俺を見てくる。
衝動的。
俺は千香の唇にキスしていた。
意味はない。
意味をつけるなら、かわいかったから。
したかったから。
それだけ。
浮気心と言われても謎だ。
軽くつけて離すと、千香は更にかわいくなった。
真っ赤な顔を見せて、俺を睨んでくる。
「……千香、無理矢理犯したくなるから、そういう顔しないで」
「勝手にキスしてきたくせにっ」
「…ごめん。かなり衝動的」
「……甘えたくなるからもう優しくしないでいいよ。…隆太に怒られて当然のことしたと思うから」
「そうか?ビリヤード教えていただけなのに」
「…紫苑を狙ってみた。友達なんかじゃないのに遊ぼうなんて言って。…ごめん。……キスしてくれたから満足してやる」
千香は俺に笑ってみせて。
俺はもう一度キスしようとした。
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