584人が本棚に入れています
本棚に追加
/606ページ
若者の集団はそうこうしているうちに男をおいて移動を始める。
連れてってよ、この酔っ払いっ。
私は声に出せずに、男の腕の中に完全に包まれて真っ赤になって心の中で叫ぶ。
頭にはひたすらキス。
せめて唇にされてしまわないようにと、顔を上げないようにしてる。
「コウ、おいてくよー」
そんな男の仲間の声が男にかかった。
「んー?いく」
男は返事をして。
私の肩を抱いて歩き出す。
ちょっと待ってっ。
私はこの人の友達なんかじゃないってばっ。
「は…、離してくださいっ」
包まれてしまう腕から抜け出せたこともあって、連れ去られそうになるのを抵抗するように立ち止まり、私はなんとか声をあげた。
「なんで?いこうぜ?どうせいつものクラブだろ?」
いえっ、私、いつもを知りませんっ。
この酔っ払いっ!
誰かと勘違いでもしてくれているのかと思って、顔を上げて私の顔を見せる。
男は私の顔を見て、にーっこり笑う。
ダメだ。ただの酔っ払いだ。
「名前なんだっけ?顔は見たことある」
いや、だから友達じゃないっ。
顔は…私、目立っていたつもりもないけど、同じ高校だし、同じクラスになったことあるから、もしかしたら本当に覚えてくれているのかもしれないけど。
「…杉浦知花です…」
「……記憶ねぇわ。美人は覚えてるはずなのに。ま、いいや。トモ、さっさといかないとおいていかれるからいくぞ」
男は私の肩を抱いたまま歩き出す。
記憶ないくせにっ。
なんかいきなり馴れ馴れしいしっ。
酔っ払いーっ!
って思いながらも。
私は抗いきれずに男に連れ去られた。
男の名前は紫苑晃佑。
高校3年の春は名簿順の席で私の席の前に座っていた。
私は記憶がある。
その背中を見ていたから。
顔も…覚えているのは…。
……ちょっとかっこいいなと思っていたから。
話したことはない。
ふれたこともない。
彼は私とは違う世界にいる人だと思う。
最初のコメントを投稿しよう!