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一瞬、思考が停止していた。
腕に飛びついてきたミクを見て、そこに立っている知花を見て。
「久しぶりにきたよね、コウちゃん。飲んでる?一緒に飲もうよ」
ミクは普通に連れとして俺に笑って声をかけて、知花にも笑ってみせる。
知花にはミクのことを何度も何度もしつこいくらいに聞かれる。
ミクがピアスを投げ捨てて、あの赤いピアスはもう手元にもないのに、まだ聞いてくれることがある。
そのたびに俺は、ミクにはフラれたのだと悔しい思いを蘇らせてしまいながら言ってはいる。
いるが、変わらず知花は聞いてくれる。
別れた理由もわかっているはずなのに聞いてくれる。
そして今、またミクは俺に知花の目の前で甘えている。
「……ちょっと待て。離せ。誤解されるっ」
俺はすべてをまとめて、ミクに言ってやる。
「コウちゃんの今の彼女なの?…美人だね。コウちゃん、理想高すぎない?彼女も連れて飲もうよ。というか、つきあって。お願い。コウちゃんと飲みたいっ」
ミクと知花と3人で飲むなんて、知花にどんな顔をされるか。
思いきり機嫌を悪くさせてしまいそうだ。
いや、ミクには絡み上戸なんてものはないけど、普段からベタベタだ。
「無理っ。もう帰るっ。
知花、いこ」
俺はミクの手を引き離して、知花の手を掴んで。
ミクから逃げるように歩き出そうとしたけど。
「やだっ。コウちゃん、つきあい悪すぎっ」
なんて言って、ミクは子犬のようについてくる。
放っておいても簡単に諦めるようなやつじゃない。
知花の前で俺になつくな。
ある程度はわざとで、あまり深く考えてくれていないのはわかっている。
俺は店を出てもついてきそうなミクを背後に見て。
立ち止まってミクを振り返ると、その額に痛がるくらいのデコピンを見舞ってやる。
「いたっ」
ミクは額に両手を当てて、涙目で俺を見上げてくる。
「しつこい。ピアスも返した。連れにはなれないって言っただろ?」
「友達でいいって言ってる」
「なれない。俺を見かけても声をかけないでくれ。おまえにフラれたのは俺だ」
「……じゃあ彼女に戻る。二人彼女って贅沢でよくない?」
ミクは少し考えて、笑って言ってくる。
おまえと知花とつきあっていたら、そりゃあかなりの贅沢だとまわりに見られるだろう。
ミクはかわいいとまわりによく評価されていた。
知花は美人だとまわりによく評価される。
それを許す知花はどこにもいないだろう。
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