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原田さんには1回殴られただけ。
隆太に会えないし、まっすぐ家に帰った。
玄関の鍵を開けて、いつものようにただいまを言おうとした。
耳に聞こえたのは、女の…母の喘ぎ声。
玄関の靴を見ると、母と知らない男物の靴。
ひどい嫌悪感を感じて、私は玄関の扉を大きな音をたてて閉めて、鍵をかけて、隆太はこないけど、あの公園へ向かった。
殴られてもいないのに、なぜか泣けた。
自分の家のことなんて、かっこ悪くて誰にも話せないものだなと思う。
聞いたことはないけど、父にも愛人がいるのだろう。
理由もなく1週間以上、家に帰らないこともないだろう。
泣いて嗚咽をあげてしまうのを止めるように、煙草を口にくわえて、火をつける。
うまくつかなくて、何度も火をつけようとして、自分の手が震えているのを感じる。
ぽたりと滴が自分の手に落ちるのを見て、煙草のフィルターを噛む。
居場所が欲しい。
ここにいてもいいと言ってくれる居場所が欲しい。
鳥籠が欲しい。
そこに引きこもってしまいたい。
涙を腕で拭って、もう一度煙草に火をつけて、その煙を吐き出す。
吐き出せない言葉や溜め息すべて一緒に吐き出すように、煙を吐き出す。
家に帰ると机の上には1万円札が乗っていた。
ここはいつから売春宿になったのだろう。
なんて思いながら、私は母が男に身を売って稼いだ金を手にする。
食事をつくる気力も着替える気力もなくて、自分の部屋に入ると、手にしたお金をぐしゃぐしゃにするように握り潰して、部屋の隅に座り込む。
しんどい。
私の心のほうが病みそうだ。
疲れた。
何も考えたくない。
息を殺して、ただ座っていただけ。
部屋の襖が開けられて、明るい光が入ってきて、眩しくて。
私の体に叩きつけられる堅い棒。
逃げたら髪を引っ張られて、何もしていないのにひたすら叩かれた。
「あんたなんか生まなければよかった」
親にぼろぼろになるまで叩かれて、そう吐き捨てられる私はひどく惨めだ。
病んでいるから。
わかってはいても私だってこの親から逃げたい。
部屋の中に倒れ込んで、涙が勝手に頬を流れるのを感じながら、私は着信を告げるポケットの中の携帯にふれる。
ごめん、隆太。
今は電話に出たくない。
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