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私は手を振り上げた。
彼女は怯えて私から逃げようとした。
私は叩くことなく、手をおろす。
「帰って」
言ったら、思いきり睨まれて、強く鞄で頬を叩かれた。
物を使うのは卑怯だと思う。
選ぶなら原田さんのほうをオススメする。
頭がくらりとして、地面に膝をついて頬にふれる。
私の頭を守るように抱いた腕と、頬に当てられた柔らかい布。
「か、か弱い女のふりなんてすんなっ!殴れってそっちが先に言ったんじゃんっ!」
「……何があっても俺がおまえに惚れることはない。謝る気持ちもないなら帰れ」
隆太は女を追い払うように言う。
「なんであたしが謝らなきゃいけないわけっ?」
隆太はたぶんキレた。
立ち上がって、女と向き合ったかと思うと、女に平手打ちした。
「もう一発いっていい?」
脅すかのように隆太が言うと、女は逃げた。
ああいう人は気が強い。
いじめっこに多いタイプだ。
自分が受けたものばかり根に持って、他人に自分がしたことは気にしない。
隆太が頬に当ててくれた布を見ると、運悪く何かにかすったのか、血が出ていた。
指先でどこだろうと探っていると、隆太は私の腕を掴んで立たせて、ベンチに座らせる。
私の手の中の隆太のハンドタオル。
そのハンドタオルを私の手の中からとると、公園の水道で濡らして戻ってくる。
お世話をしていただいているようだ。
お兄ちゃんみたい。
私の隣に座って、私の頬を拭ってくれる。
「…ごめん、千香」
「隆太って女友達つくらないほうがいいみたいだね。言葉ははっきり断っていても、優しいから女が勘違いしちゃう」
「……もうつくらない。やめとく。痛い?ここ、ちょっと切れてる」
「大丈夫。手を当ててくれたから癒されちゃったみたい」
笑ってみせると、隆太は私の頬に唇を当ててくれる。
心も…癒される。
甘えて泣きたくなる。
大好き。
心の中で呟いて、唇にふれる唇に目を閉じる。
ずっと、ここにいたい。
柔らかく包まれているような、こんな気持ちでいたい。
だけど…、きっと私はこれから何度もあの家から逃げたくなって、隆太に頼りたくなって、夜中とか呼び出してしまって。
迷惑かけそう。
だから…。
だから…なんて、嘘かも。
私はこわいだけだ。
隆太に嫌われるその時がくるのが。
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