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母の私への遺言は、ごめんね。その一言だけだった。 母を愚かな女だと思う。 母を哀れな女だと思う。 同じくらいに自分に同じものを思う。 仕事をして一人暮らしの家に帰る。 父が出してくれるからと欲張った部屋は広くて、荷物をすべてほどいても、あいたスペースはたくさんある。 あの和箪笥ごと持ってきてもよかったかなと思う。 ほどいていない段ボールはそのまま収納に押し込まれている。 鞄を部屋に置くと、インスタントのコーヒーを淹れて、ソファーに座って煙草に火をつける。 話し相手はいない。 物音も聞こえない。 誰もいない一人暮らし。 逃げる必要もなくて、誰かの家に転がり込むことももうない。 だけど、何も満たされるものもない。 殴られたら殴り返せばよかった。 気に入らないなら殴ればよかった。 なんて、戻ることもない過去の時間を思う。 逃げて…、いなくなって…、うれしいことなんてない。 逃げて…。 私は携帯を手にして、隆太のメールを眺める。 いなくなって…。 ……大丈夫。 隆太は私のものなんかじゃないから。 いなくなって当然。 うれしいことでもないけれど…。 …けれど…。 逃げて、私は誰と出会い、何をするのだろう? 向き合って、私のことすべて話して、そのあとに別れたほうがつらいようにも思う。 会いたい。 甘えたい。 その腕の中でひたすら泣いていたい。 お母さん、いなくなったって誰かに泣いて甘えたい。 隆太に甘えたい。 思えば思うほど涙がこぼれてきて、煙草を消すと携帯を抱いて、ソファーに横になった。 今、一番そばにいてと願うのに、どうしても甘えられない。 甘えられないなんて思うから、一人ぼっちのように思う。 自分を責めて。 喉の奥に声を閉じ込めて。 喉が痛くて。 私も連れていってくれてよかったのにと、一人でいってしまった人を考える。 私はあの人に何をしてあげただろう? 私はあの人に何をあげられたのだろう? 隆太に何をあげられる? 自分勝手に我が儘に傷つけてばかりで。 自分勝手に我が儘に甘えるの? 頭の中、結局は自分のことばかり。 そんな自分がひどく嫌い。
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