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紫苑に手を出すわけにはいかないし、男ができたから紫苑はもうこないでと言えるように努力はしてみる。
でも私の職場は基本、女ばかりだ。
オペレーター、アポインターとは違って、営業をするわけでもない。
どちらかというとお客様の苦情を受けて謝ることばかり。
つけたイヤホンから届く罵声に本気で嫌になりながら、パソコンに向かって謝罪しているようなもの。
肉体奉仕ではなくても、精神的にくる。
溜め息をつきながら、疲れたと口からこぼれそうになりながら家に帰りつくと、私がいつもより遅くなったこともあって、紫苑がきていた。
「お帰り。疲れまくり?奢ってやるから飲みにでもいく?」
思わず泣きそうなほど、そんな言葉にうれしくなる。
一人暮らし、そんなこと言ってくれる人はどこにもいない。
思えば私はずーっと一人暮らしのようなものだった。
ふらっと紫苑に抱きついて甘えた。
紫苑の腕は優しく受け止めてくれる。
この腕に身を任せて抱かれてしまいたいように思う。
けれど、そんなことをしたら私はスギという友達を失うだろう。
紫苑ともっと早くに友達になりたかった。
スギの彼氏じゃなかったら、隆太の友達じゃなかったら、躊躇うことなく手を出してる。
今もじゅうぶん、手を出してしまってる。
離れようとしたら、紫苑の腕は私の背中を腰を抱き寄せて、私が焦る。
あまり腕に力をいれないでもらいたい。
ドキドキさせられる。
「食べにいくの面倒なら何か作ってやろうか?」
こんな彼氏が欲しいと思う。
スギからレンタルしてるような気がする。
レンタル彼氏。
玄関前でひたすらくっついていたら、隣の部屋の玄関が開いた。
慌てて紫苑から離れてそっちを見ると、目を丸くしてこっちを見る、隣の部屋の住人。
「コウちゃん?」
なんて紫苑をよく知ってる人のように声をかけた。
「……なんでおまえがそこに住んでる?」
「高校の頃からここ、あたしんちだよ。
あ。こんばんは」
隣の部屋の住人は愛想よく私に笑顔で挨拶して、私は会釈を返す。
「コウちゃん、お隣さんと友達だったの?だからリュウちゃんも一時期きてたの?」
「……ミク、どっかいくんだろ?」
「あ、うん。バイト。遅刻しないようにいってきます。
…いってきます」
お隣さんは私にも笑顔で言って手を振って、私も手を振って見送る。
…初めて話した。
私が邪魔をしなければ、隆太はきっとあの子とつきあっていただろう。
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