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何も答えられなくなって、私はウィスキーに口をつける。
人見店長も何も言ってくれなくて、頭の中に浮かんだものを別のものへ切り替えることもできない。
ぼんやりしていた。
不意に背後から私の体に回った腕。
顔を上げると隆太だった。
「店長、俺がコウに気をとられている間に千香のこと口説いてませんでした?」
なんて不機嫌に人見店長を見て言ってる。
「かわいいけど俺の好みじゃない。もっとなついてくれる単純な子のほうが好きだな」
「なんかムカつくんですけど、それ」
「コウが言ってたな。その逆バージョンか?けなされると自分がけなされたようにムカつく。コウもおまえも千香ちゃんをかわいがってるんだな。千香ちゃん、モテモテ」
「コウを含めないでください。あいつがこんなふうに彼女以外の女をかわいがるのはめずらしいことなんで。余計にムカつくから。客いないし、ちょっと2階借ります」
「嫉妬?」
「…コウがめずらしく浮気心なんて見せるから…。しかも千香に。面倒なことになるじゃないですか」
「理屈?…千香ちゃんだから?」
「……2階借ります。千香、ちょっとこい」
隆太は答えるのも嫌になったように人見店長との話を切って、私の体を引いて。
私は椅子から落ちないように立って、隆太に軽く背中を押されて歩く。
2階というスペースまで押されてくると、そこは1台のビリヤード台と応接セットとカウンターがある場所で。
別の明かりをつけるスイッチでもあるのか、天井の明かりはついていなくて、ちょっと暗い場所だった。
隆太は私をソファーに座らせて、視線を合わせるようにそこに屈む。
何を言われるのだろう?
怒られそうでこわい。
隆太には後ろめたいことばかりだ。
誰とつきあっても、すべて隆太に後ろめたく思う。
誰と一緒にいても、すべて。
こんな状態で…、とても本音を言えない。
誰にも言えないものを言えない。
もう過去なんだと自分に言い聞かせるのに、心は…。
隆太の視線がまっすぐに私の目を見る。
…心は…。
「千香、もうコウに会うのはやめろ。わかってるだろ?コウがおまえの友達の彼氏だって」
言われた言葉はまたお説教。
私は頷いて目を伏せた。
もう過去。
過去には戻れない。
私が…踏み潰した気持ち。
誰を傷つけてもかまわないと思えなかった私の偽善。
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