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都合のいい男が欲しいわけじゃない。
それでも…都合よく動いてくれたならうれしく思う。
帰りは隆太の車で送ってもらうことになった。
思えば紫苑の思惑どおりにいってしまったように思う。
「…泊まっていい?」
どこか遠慮がちに、どこか恥ずかしそうに、家の前まで送ってくれると隆太は聞いて。
私もどこか恥ずかしくなりながら頷いた。
初めてつきあったわけでもないし、えっちもしたことあるし、部屋にあげたことがないとも言わない。
それでもなんだか初々しい気持ち。
隆太はコインパーキングに車をいれて、車から降りると手を繋いでマンションへ帰る。
手を繋いで歩くと高校の頃を思い出す。
大きくなったなと隣を歩く隆太を見てしまう。
中身、なにか変わったのか、私にはよくわからない。
私に向けてくれる気持ちは一つだから。
大切に思ってくれている。
時には隆太も甘えるけど。
偏りすぎた甘え方なんてしない。
そういうのが私にはちょうどいい。
ちょうどいい…なんて、初めてつきあった人だから思うのか、よくわからない。
刷り込み現象が私にもあるのかもしれない。
一緒に歩く速度とか、これだなって思ったり。
繋いだ手の感覚とか。
隆太以外を好きになるには、本当にこのすべての感覚を忘れる年月が必要になりそうだ。
マンションまでたどりつくと、マンションの前で紫苑が待っていた。
そういえばと思い出す。
まだスギは帰ってきていない。
「遅いっ。早く家入ろう」
「って、待てっ。コウ、おまえがなんでまだ千香につきまとうっ?」
「…つきまとってるつもりはない。まぁ、今日のところはいちゃつくの邪魔するけどな。千香の部屋、よく眠れて好きなんだよな」
紫苑はまったく悪気もなく言ってくれて、その場でまた蹴りあいが始まる。
私は隆太に手も離されて、蚊帳の外に置かれて、一人で部屋に帰る。
紫苑の寝場所にされて、スギがいないときの餌係にされている。
隆太との時間を邪魔されるけど、別に不満はない。
紫苑がいたから安らいだ気持ちもあるし、紫苑がいたから隆太と戻れたようにも思うから。
寝場所くらいいいかなと思う。
どうせスギがいたら泊まっていくこともない。
いないから泊まっていくだけだ。
キスくらいされてもいいやと思う。
……なんていうのは…、隆太には言えない。
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