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妥協はさせるもの。
隆太にそう教わったような気がする。
何年ぶり?ってくらいに私にとっての音楽の先輩である山瀬の実家にお邪魔して、山瀬が友達から借りてくれたパーカッション初心者でもできそうなコンガとボンゴという打楽器を受け取る。
隆太の心配は昔の彼氏に会うことだったはずだけど気にしてあげない。
山瀬とはキスもしたことのない関係だ。
玄関先で軽く叩かせてもらうと、なかなかおもしろかった。
「真冬に路上やるのって千香くらいだと思う。いつやる?」
「今から。寒くて凍えたら休んで、またしてって繰り返そうかなって」
「どこで?あとで俺もいっていい?ティンパニも貸してやるって言ってるやつ連れていくし、パーカッションセッションやろ」
「…男ばかりだと隆太に怒られそうなんだけど。山瀬の彼女連れてくる気ない?」
「加藤とまだつきあってたのか」
彼女いないとは言わずにそう言われた。
彼女はいるようだ。
でも隆太のように尻尾を見せたりしない人だなと思う。
「言葉の誤用だと思うけど、そういうことにしとく。じゃ、これ借りてくね。私の今の携帯番号変わってないから、くるとき電話でもして」
両脇にケースを抱えて、さていこうとその家を出ようとした。
「……キスの一つくらい、たまにはくれよな」
なんて背中に声をかけられた。
確かにねとも思う。
優しいからと利用しすぎだなと思う。
山瀬を振り返って、山瀬の肩に手をおいて背伸びをして。
いつかキスをしたことのあるその首筋に唇を当てた。
「…っ、そこっ?ここ」
山瀬は唇を指差して、私に顔を近づける。
数年ぶりだけど、相変わらずモテていそうな顔をしてる。
色を抜いた髪もよく似合ってる。
「また今度」
「……相変わらずズルい女」
「嫌い?」
「…好き。荷物、大変だろ?お供しましょう。首筋のキス一つで。鍵とギター持ってくるからちょっと待ってて」
「……嫌ってくれてもいいのに」
「それは無理な相談。今も…昔も。会ったときから、千香、かわいいから。どっちかっていうと俺がつきまとって、千香が憎まれていたよな、中学の頃」
うん。だけど…、それでも山瀬と話しているのがすごく気楽で、すごく好きだった。
変わらない接し方。
今も友達として好き。
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