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そして。
隆太は私を車に乗せて、隆太の実家へ。
嫁候補として紹介されるわけじゃないけど、少しだけ清楚なお姉さん装ってみた。
隆太はいつもどおりの服装だけど。
泊まるわけじゃないし、そんなに遠く離れているわけでもない。
荷物は私がお宅訪問の手土産と小さな鞄一つ。
こわいのか優しいのかもわからない隆太のご両親。
ある意味、隆太が親を嫌う理由を見せてもらいにいくようなものだ。
運転をする隆太は渋々ではあるけど、深く悩んだものもなさそうで。
強行手段になっているけど、別にいいよねと心の中で隆太に言う。
初めて見た隆太の実家はそれなりご立派な家。
2台分の車庫があって、当たり前のように隆太はそこに車を停めた。
あとは隆太についていくだけ。
「千香、うちの親になに言われても笑うだけにしろよ?」
「なにそれ?愛想笑い?」
「彼女連れていくの初めてだし、絶対におまえに声をかけてくる。鬱陶しいだけだから、なにも答えなくていい」
隆太はそれだけ言うと車を降りて、私もおいていかれないように車を降りる。
私は別に鬱陶しいと思わないかもしれない。
いつもの仕事の電話のほうが鬱陶しい。
かなりあれで人の話を聞き流すことには慣れてしまっている。
あと、相手の欲しがる言葉も…少しは読めたりする。
言われたままにするか、どうするかなと迷いながら、隆太が玄関の扉を開けて入っていくのを眺める。
これだけで私の役目は終わったかなとも思う。
ぱたぱたと奥から足音。
顔をあげるとエプロンつけた30半ばくらいの女性がこっちに向かってきていた。
「お帰りなさい、隆太さん。奥様から聞いておりましたが、夕食の時間だけかと思っておりました」
「親は?」
「旦那様も奥様もリビングにいらっしゃいます。
いらっしゃいませ」
女の人は隆太の向こうから顔を覗かせて私に笑顔で言ってくれる。
「お邪魔します。あの、これ、よろしければ」
私も笑顔で声をかけて、手土産を渡して。
どうぞどうぞと促されるままにあがらせてもらう。
人様の家だから脱いだ靴を揃えて置き直して、ついでに隆太の靴も揃えて置き直す。
お坊ちゃんだなと隆太を改めて思う。
どう考えてもお手伝いさんってやつだ。
「年末くらい休みとればいいのに」
「お給料が欲しいので。旦那様は年始にはお年玉もくださるし。いい職場です」
お手伝いさんはにこにこ笑顔で、隆太はうんざりしたような顔を見せる。
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