Catch you up

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長い夢をみていたような気持ちで目を開けると、知らないベッドの上だった。 起き上がらない体はベッドに磔にされているかのように重い。 腕には点滴の針が刺さっていて、ベッドの脇に点滴の袋がかかった台がある。 病院…? たぶんそう思う。 6人部屋の病室のようだ。 もう一度目を閉じれば、また別の場所へいけるような気がして目を閉じる。 何度も何度も眠って起きてを繰り返して、看護婦さんに体を揺らされて目を開けた。 口が開いている。 何かを話している。 なのに音が聞こえない。 自分の耳にふれて、叩いてみてもその音が聞こえない。 何度やってみても聞こえなくて、何を言われているのかもわからない。 目が完全に覚めた世界は無音だった。 私は肺炎を起こして3日ほど意識がなかったらしい。 更に突発性の難聴になってしまったらしい。 ただ、耳に異常はないようで、精神的なもの、ストレスなんかが原因でなったようだ。 治る可能性はあるけど、いつ治るかなんてわからない。 まるで夢でも見ているかのように、医師のそんな筆記説明を見せてもらった。 更に目の前には、母の葬式以来に会うと言っても過言ではない父と姉がいる。 だって法要もしていない。 お墓参りに私が一人でいっているだけ。 どこまでかが夢のように思えてしまう。 すべて夢かもしれない。 まだ熱もあるし、眠っているのかも。 だってこんな何も音のない映像だけの世界なんて知らない。 筆談での会話なんてしたこともない。 メモ帳、ボールペン、ノート、そんなものを買ってこられたって、誰と何を筆談しろというのだろう? 父と姉が何か会話をしているのを見ているだけ。 何を話しているのかわからない。 だけど、なんとなくわかる。 迷惑そうな困ったような顔。 メモ帳に言いたいことを書いた。 『一人で大丈夫だから、何かあったらメールでもして。退院しても一人で暮らしていくから気にしないで』 それを二人に見せた。 嘘を書いた。 一人で暮らしていける気はしない。 何一つ音を聞き取ることができないのだから、仕事は続けられそうにない。 収入はない。 また倒れるかも。 …気にしないで。 肩身の狭い思いをさせられるほうがいやだから。 全部書くのも面倒だった。
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