584人が本棚に入れています
本棚に追加
/606ページ
入院は音のない世界で誰かが動いているのを見ているだけ。
歩けるようになって、自分の足音も聞こえなくて、ここに自分が本当に生きているのかもわからなくなった。
たまに姉が着替えを持ってくる。
どうやって病院にきたのか聞いてみた。
隣人のミクが戻っていて、水がずっと出しっぱなしの音が気になって、管理人に電話してくれて、私が倒れているのを見つけたらしい。
『自殺しているのかと思ったって言ってた』と姉の筆談。
…自殺行為だろう。
まちがってないとミクに言ってあげたい。
『友達きてくれてる?』
なんて聞かれて、
『誰にも連絡していない。携帯さわってない』
って返事をしたら、携帯を握らされた。
『彼氏が心配しているんじゃない?』
なんて書くから、
『彼氏なんていない。職場に事情の説明と退職だけお願いしていい?』
と書いた。
『もうやった。休職扱いにしてもらっている』
我が姉ながら、素早い行動だ。
『ありがとう』
書いて姉の顔を見ると、照れたように少し笑って、手を振って歩いていく。
筆談なんて紙の無駄遣いとも思える。
それでも…、少しだけ、病気のおかげで自分の家族と接している気がする。
携帯を見て、確かあの時、電話あったはずって思いながら着信履歴を見る。
職場からの無断欠勤についての問い合わせ電話で埋まっていて、着信履歴に残っていなかった。
少しだけ、隆太かなと期待してしまっていた自分に溜め息をつく。
メールの受信ボックスを見ても隆太の名前はない。
いろんな人からあけおめのメールばかりが入っているだけ。
メールは普通にできるから、もう三が日も気がつくと過ぎていたけど、返事をしておく。
スギや紫苑も。
あけおめだけ。
ミクはメアドなんて知らない。
知っていたら、ありがとうくらい入れておきたいところだけど。
1月も半ばが過ぎて、肺炎のほうもだいぶよくなって、病院を抜け出して煙草を吸う。
院内禁煙なんてしてくれるから、パジャマで院外に出なきゃいけない。
いや、その前に吸うのも院外に出るのも本当はだめなんだけど、気にしてあげない。
息が苦しくなったけど吸えた。
吸えたけど2口でやめた。
煙草を吸うと隆太が恋しくなることに気がついた。
フラれたのは私だ。
仕向けたのも私かもしれないけど。
もう…私は鳥籠から出された。
最初のコメントを投稿しよう!