Catch you up

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誰にお見舞いにきてもらうこともないまま退院して、一人暮らしの家に帰ると、完全に一人だった。 音もない。 静かな空間。 寒いから暖房を入れても、コーヒーを淹れても音が聞こえない。 声を出してみたつもりでも、自分の声も聞こえない。 温かいコーヒーに口をつけて、体に毛布を巻いて、ぼんやりとした時間を過ごすだけ。 電話がかかってきても話せないし、メールで返事をする。 山瀬からまたパーカッションやろうって誘われて、部屋に置いたままの借りたままのボンゴを見る。 頭に残っている音とリズムと楽しかった記憶。 どうやって返せばいいのかわからない。 耳が聞こえないなんて誰にも言いたくない。 心配…してくれそうだから。 山瀬なら心配してくれる。 甘えて、また今の山瀬の彼女に恨まれるようなことになりたくない。 心配してくれるだろうなって男には彼女がいる人ばかり。 今までのつきあいからわかってる。 本命になったらダメなんだ。 遊びのつきあいがいい。 求めすぎてダメになる。 友達がベスト。 体を抱きしめて欲しいなら、セフレで。 それ以上を求めてもいけないし、求められてもいけない。 ……生きている意味も自分の価値もわからない。 なんのために生きているの? 誰かを傷つけて恨まれるため? …有害。 でも有害、お腹がすく。 耳以外は元気になっちゃった。 空腹に堪えられなくなって、食事を買いに久しぶりに外へ出た。 まわりをよく見ていれば、音が聞こえなくても大丈夫って思ったけど、自転車とぶつかりそうになったり、車にぶつかりそうになったり。 耳でも危険か安全か勝手に判断していたみたいだ。 コンビニでご飯とお菓子を買って、信号待ちで立ち止まる。 音で溢れているはずなのに、私の世界に音はない。 音声を入れ忘れた作り物の世界みたい。 信号が青になって渡っていると、後ろから腕を捕まれて転んだ。 目の前を車が過ぎ去っていく。 横断歩道の真ん中で座り込んだまま、しばらく動けなくなった。 歩行者信号が点滅して、いかなきゃって思うのに、目に涙が浮くだけで動けなかった。 こわい。 動けないのはすくんだ足。 私を避けるように車が走っていくのが見える。 立ち上がれない。
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