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隆太は大学へ通って、夜はバイトの生活。
私はひたすら家にいるだけ。
一人で外にいくのはあまりしないようにって隆太が言って、夕食の買い物にもいけない。
私自身もまた道端で動けなくなったときのこわさを考えて、外に出られない。
誰かがいないと…助けてくれないと一人でも生きて行けそうにない。
そんな自分が嫌になっても、隆太がここに帰ってきて、その唇がただいまと動くと、ここにいていいんだと思える。
一日一回は隆太に手を引かれて、外に連れていってもらう。
食料の買い出しだったり、ただの散歩だったり。
私はペットか何かのようにも思える。
しかも手のかかるペット。
だけど隆太は嫌がることもない。
私がしてあげたいと思っても、一人で準備もできないバレンタインのディナーに連れていってくれる。
予約も隆太にしてもらった。
はっきり言ってそんなの嫌だと思う。
だけど、この店にきたかったとか、料理がおいしいとか、本当に些細なことを書いて見せてくれると、それだけでうれしくて泣きそうになる。
言葉が使えないから…なのか。
言葉が話せたら、そんなことも当たり前に思って、うれしいと思うこともないのか。
また一言余計なこと言ったり聞いたりして、喧嘩になったりするのか。
言葉がないほうが幸せなのか。
そんなことを毎日考える。
隆太に振り向いて欲しい時とか、想いを伝えたい時とか声を出したい時がある。
頭の中にある隆太の声の音の記憶だけじゃなくて、今、その声を聞きたい時とかあったりする。
音のない私の世界。
満たされてるわけじゃない。
病院にカウンセリングに通院している。
このまま治らないんじゃないかって聞いてみると、焦らなくても治る病気だと医者は言ってくれる。
一時的なものだから、諦めないで聞きたいと思うことから始めなさいって。
長いカウンセリングと簡単な検査を終えて出ると、隆太が長椅子に座って待ってくれていた。
『カウンセリングって意味あるのかな?』
文字で聞いてみたら、隆太の手は私の頭を撫でる。
『治るって呪文のように言ってもらうからいいんじゃないか?俺も千香の声が聞きたい。俺の名前を呼ばれたい』
呼びたい。
唇を隆太って動かすと、隆太はうれしそうに笑ってくれる。
『今、小さな声だけどちゃんと聞こえた。治るから』
隆太に言ってもらうのが一番の呪文かもしれない。
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