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嘘か本当かわからない。
私は隆太とお父さんの会話を聞けなかった。
同じ空間にいても聞こえなかった。
お父さんなら、誰でもいいから私を押しつけられる相手がいればいいんじゃないかと思ったりする。
だってまともに会話をした記憶がない。
きっと10年近く話してもいない。
また肩を叩かれて顔をあげると、隆太はホワイトボードを見せる。
『結婚式挙げられるくらいの金はさすがにないから、そこは親の脛をかじってやる。千香に真っ白なウェディングドレス着せたい』
こんなときにそんな夢を語られても…と思う。
疑った気持ちは消えない。
聞こえないからって嘘をついているように思う。
ひたすら疑う。
『俺の親、千香連れてまた遊びにこいって。千香だけでいいとかも。結婚、本当にできるって』
私が疑っているのはそこじゃないのに。
一つ疑うと全部が嘘のように思えてしまう。
『本当にお父さんはダメって言った?』
書いて聞いてみると、隆太は普通に頷く。
隆太のご両親が反対するならわかるのに。
聞こえない耳がもどかしい。
隆太にジェスチャーで料理をかわってもらって、お父さんにメールして聞いてみた。
初めてメールしたと思う。
携帯を手にじっとお父さんの返事を待つ。
しばらくすると返事がきて、私はそのメールを開ける。
『自分が千香の面倒を一生みていくって言うから、無茶だ、考え直せと言った。私が納得するまで諦めないと言って携帯番号の交換を求められた。かなり食らいついてきそうな勢いに見えたけど、私はどこまで反対してもいいんだ?千香は結婚したいのか?』
なんてお父さんの返事。
お父さんは反対したらしい。
隆太に嘘はなかった。
だけど迷っているらしい。
私の予想も大幅なはずれではなかった。
私は返信に迷う。
結婚したいの?
……望んだことない。
そこに幸せがある気がしないから。
それでも…その隆太の気持ちはうれしいと思う。
ここに隆太がいることをうれしいと思う。
食卓を整えている隆太を見て、私は立ち上がってお手伝い。
隆太の夢のような話を頭に描いて。
それを隆太が本当に望んでくれているのなら…と思ったりする。
だって何度離れても、またここに戻ってしまうから…。
かたくなに嫌だという理由も私にはない。
…幸せか不幸せか。
歩いてみないとわからない。
私はお母さんじゃない。
隆太はお父さんじゃない。
同じ結末かはわからない。
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