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隆太が私のかわりのように話して、その人は持っていた楽器を私の隣で弾いて、視線で合わせるようにってセッションに誘われる。
合わせられなくてずれても…合わせてくれる。
そんな信頼みたいなものがある。
指先の動きに合わせるようにボンゴを叩く。
頷いてくれるから、たぶん合ってる。
同じフレーズ、同じリズムの刻み方を繰り返す。
わざと早くしていったら、ちゃんと合わせるようについてきてくれる。
降参されて笑って、また最初からやって。
音は聞こえないはずなのに、体に響いて聞こえる気がした。
見ていただけの隆太を巻き込むようにその人は隆太に歌わせて、聞いたことのない隆太の歌を聞きたくなった。
高く歌うのか低く歌うのか、地声のままなのか。
聞きたい音が溢れている。
観客みたいに立ち止まって見られると隆太は歌うのをやめて、恥ずかしそうにうつ向く。
観客は何を言ってるだろう?
セッションをやってくれている人が話してる。
楽しそう?
私の手を一度止めて、このリズムといった感じに叩く。
それに合わせるようにボンゴを叩くと曲を弾いてくれて、観客になった女の子たちが隆太のかわりのように歌う。
何をどんなふうに歌っているのか聞きたい。
かわいい声なんだろうか?
唱歌のように歌っているんだろうか?
唇の動きから歌詞が聞こえた気がした。
『翼をください』だ。
リズムをつける手もその歌を思い出したように叩ける。
曲が終わるとみんなで拍手をして、更に観客になって立ち止まった人たちを巻き込んでいく。
どんな大きさの声だろう?
負けないようにリズムを響かせたい。
体に音が聞こえる。
体にリズムが響く。
ずっとそんなセッションを繰り返していたら、以前に一緒にセッションしてくれた人に次々と見つかって、曲を作る人のほうも増えた。
『大丈夫。心で聞こえるだろ?』
私の耳が聞こえないことを聞いた一人がジェスチャーつけてそう言ってくれた。
うん。聞こえる。
大丈夫。
合わせられなくても合わせてくれる。
ボンゴを叩きながら顔をあげて隆太を見ると、隆太も私を見て笑ってみせてくれる。
ねぇ、隆太。
あなたの歌声が一番聞いてみたい。
その歌っている唇を見ているとふれたくなって。
まわりに人がたくさんいるのはわかっていたけど、なにも聞こえないし。
私からその唇に唇を当てた。
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