Ceaseless happiness and sadness

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聞こえるのが当たり前の日常の音。 派遣元への電話を終えて、普通に聞こえて話していた自分を感じて、いつもの生活ともいうところに戻るんだと改めて思った。 仕事復帰してもいいっていう話になって、職を失うことはなかったけど、クレーマー相手の謝罪を繰り返すのもなんだかなぁとは思う。 耳に意識をしなくても、何か物音は常に聞こえている。 冷蔵庫の音、外の車道を走る車の音。 無音ということはない。 腕を動かせば衣類の擦れる音が、椅子に座れば軽く軋んだ音が。 ぼんやりと小さな音を聞いていたら、お父さんから電話がかかってきた。 「はい」 『もう大丈夫なのか?聞こえるか?』 お父さんの声、こんな声だったかなと思った。 私が覚えている声より優しい。 「うん。大丈夫。…あと、ずっと家賃払ってもらっていたけど、自分で払っていけるから…」 『……自殺だから少なかったが、母さんの入っていた生命保険から出てる。そこは気にしなくていい。千香が受取人だ。母さんの気持ちだと思って好きなだけ使えばいい』 お父さんがお母さんのことを母さんって呼んで話してくれるのは何年ぶりだろう。 思えば恨み言はたくさんあるはずなのに、私、一度もお父さんにもお姉ちゃんにも言ってない。 言わなくてもわかってるかのように言ってくれるから。 「…じゃあ、今度、お母さんのお墓に大きな花を持っていってあげる。お母さん、どんな花が好きだった?」 『……カーネーション。赤いのがいいって言ってたかな。瑠香と千香がくれたってうれしそうにしてた』 いつの母の日の話なんだか。 喧嘩ばかりして家に帰らなかった父親のくせに、なんでそんなこと覚えているんだか。 母の日…、いつから何もあげなくなったんだっけ? 先に…お母さんを疎ましく見たのは、きっと…私だった。 子供だった。 きっと私は生意気で、…嫌になることたくさんあっただろう。 カーネーション、持っていったら喜んでくれるかな? 『一緒にいこうか、墓参り』 「うん…」 涙、必死にとめて鼻をすすりながら、返事だけした。 ごめんって、もう届かない。 音が聞こえるのも。 笑えるのも。 お母さんがそう生んでくれたから。 元気な子供に生んでくれたから。 生まなきゃよかったなんて言うくらいなら、生まなくてもよかったのに…なんて思っても、私が生まれたのは、望んでくれていたから。 今はそう思える。
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