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そりゃいきなり、奈緒美のように若林が俺にべたべた絡んでくるとは思ってもいないけど…。
若林は自分でスカートや足の汚れを払って、ささっとブランコ周囲の手摺の近くに置いていた鞄を手にすると、そのまま背中を向けた。
ちょっと待って。
行ってしまうと思うと、声をかけるよりも手が出ていた。
若林の鞄を掴んでいた。
どうするんだ?俺。
なにやってんだ?
なんて自分に焦ってみても引き留めたのは事実で。
若林は俺を振り返って見上げてくる。
そもそも俺は若林と話したこともない。
いつもただ見ていただけで、それ以上を望んだこともない。
だけど…。
目の前、若林はそこにいる。
俺の手の届くところにいる。
その目が俺を見ている。
俺を無視したりしていない。
狙って…みる?
「なぁ、明日、またここで会える?」
かなり緊張しながら、なんかナンパみたいだと我ながら思いながら聞いた。
「…私、加藤の友達でもないと思う」
若林は当たり前のように答えてくれる。
うん、そうだ。友達じゃない。
よし。友達。
まずはそこから。
友達になるには…やっぱり名前?
なんか俺の名前知ってるみたいだけど、苗字は好きじゃない。
「苗字好きじゃない。隆太って呼んで。おまえの名前は?若林…なに?」
「……千香」
「じゃあ、千香って呼ぶ」
「若林でいいってば。彼女でもないし」
彼女…。
なって…欲しいかも。
若林は無視をしていない。
俺の妄想より身近。
もっと近づきたい。
今を逃せない。
「…彼氏いる?」
「いない。加藤は?」
「隆太。……いない。今までつきあったこともない」
「私も」
若林は普通に話してくれる。
次にどこを話していけば友達になれるのか考える。
彼女…なってほしいけど。
そこは急ぎすぎだ。
普段、なんにも考えないで女とも話しているのに、今の俺は精一杯。
目の前にはただ見ていただけの俺のアイドル。
空はいつの間にか暗くなってきていて、いつの間にか公園の中にも明かりが灯る。
少しの沈黙。
若林は歩き出そうとして、俺はまた若林の鞄を掴んで引き留めた。
うまく言葉も紡げない。
饒舌になりたい。
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