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私は電話をしながら私を見下ろす男を一度見上げると目を閉じる。
その電話が晃佑に繋がっているのかと思うと、私はなんでここでこんな目に合っているのだろう?なんて考えて。
晃佑と出会ったから、この人たちとも知り合ったのだろうと考えて。
出会わなければ、彼女にならなければ、私の生活なんて大した山も谷もない、平凡なものだったのにと思う。
男は携帯を私の耳に押し当てる。
『…チカ?』
何ヶ月ぶりかくらいに聞いた晃佑のその声に、私の目には涙が一気に溢れてこぼれた。
泣かないようにしたくても勝手にこぼれてしまう。
鼻をすすって、拭う手も縛られたままだったから、ベッドの上を転がって、顔をベッドへ押しつける。
今日こそは…って思っていたのに。
なに?これ。
声を聞きたかった。
恋しくて…、会いたくて。
会いたいのに今はその声も聞きたくない。
好きなのに…。
会いたいのに…。
こんな姿を見られたくもないし、こんな私を見て晃佑がどんな顔を見せるのかも考えたくない。
「泣いてないでなんか言えって。悲鳴あげるか?」
私はその男にとってはトモに与えられた玩具なのだろう。
しかもまだトリップしているようで。
私の髪を抜く勢いで容赦なく引っ張る。
ガムテープをはずされた私の口からは私自身聞いたことのないような大きな悲鳴がこぼれた。
『…チカっ?』
晃佑の驚いたような心配したような、震えた声が耳に届いた。
すぐに電話は私の耳から離されて、そのあとの言葉は聞こえなかった。
また気を失ってしまいたい。
そのまま殺されてしまいたい。
晃佑に顔を合わせる前に、ここから消えてしまいたい。
叶わないのなら、せめて記憶をなくしてしまいたい。
すべての記憶を。
晃佑と再会したあの時間からすべて。
晃佑は好きだけど…、晃佑のまわりをすべて好きにはなれそうにない。
私と晃佑は違う世界を生きてきた。
私はこんな犯罪の世界にはいたくない。
……いたくないのに。
助けてと心は晃佑に求めていた。
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