Beats me

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「頭、当たったの大丈夫ですか?」 山瀬の彼女は心配そうに俺を見て、俺の頭を撫でてくる。 「…ちょっと痛い。これ返してくる。美恵ちゃん、またね」 「がんばってくださいね」 山瀬の彼女は笑顔を見せて立ち上がる。 「…山瀬、千香にとられるかもよ?」 「大丈夫ですよ。私と山瀬先輩はラブラブですから」 山瀬の彼女はそんな余裕を見せて、俺に手を振って歩いていく。 俺は少し見送ると、ドラムの音が聞こえてきていた、カーテンの閉められた教室の窓を見る。 またそのドラムのリズムを刻む音が聞こえてくる。 窓は締め切られていない。 俺は窓に近づいて、カーテンを潜って中に顔を出す。 やっぱり千香だ。 なんか男前に立派なドラムセットを叩きまくっている。 文化祭も近いし、それに出るのだろう。 ボーカルは山瀬がやるバンドだろう。 でも教室の中には千香が一人だけ。 「千香、なんか飛んできたけど?」 ドラムスティックを手に窓枠に肘をついて声をかけると、千香は俺に気がついた。 何も言わない。 その表情も俺が声をかけても笑いもしない。 もう終わったんだと…わかっているけど。 俺の胸はまだドキドキする。 「わざと投げた?嫉妬?」 俺はからかうように聞いてみる。 「滑っただけ」 千香はからかわれてくれるどころか、俺が今一番聞きたくない言葉を言ってくれた。 「受験生に禁句使うな」 滑った、転んだ、落ちたは聞きたくない。 千香はあまり俺と話そうとはせず、立ち上がって俺に近づいてくると、俺の握るドラムスティックを握ってきた。 俺は離さないようにドラムスティックを握る。 返せとかありがとうとか言う言葉はあるだろ?と俺は千香を見上げる。 かまってほしい。 「…彼女放っておかないほうがいいんじゃない?」 千香は山瀬の彼女を知らないらしい。 あの話していた相手は俺の彼女だと思ったらしい。 おまえの彼氏の二股だと言うか言わないか迷う。 言っても…同じだろうけど。 「俺の彼女はおまえだけ。おまえは堂々と二股してるんだよな?」 「……別れたってば」 千香はもういい加減言いたくないって感じで言ってくれた。 聞きたくない。 言いたくない。 それは俺なんだよ。 それでも近くにいたい。 それでもかまってくれるとうれしい。 抜け出せない俺の初恋。
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