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「おまえのまわりで俺の元カノがケンカしたことあっただろ?あのとき俺が出たのはそういう取り合いさせるつもりで別れたわけじゃねぇよと言ってやりたくなっただけ。
おまえに誰とつきあえって強制するつもりはないし、好きなようにすりゃいい。
それでなんだっけ?未練?次ができて楽しくやれればなくなる」
奈緒美とつきあえと言うつもりはない。
ないが、できればそことつきあってほしかった。
俺にはすべてまとめてそう聞こえた。
その未練は優しすぎないかと言いたくなる。
好きだから俺のものでいてほしくて、好きだからその相手が次に選んだやつを憎くもなって。
うまくいかないで壊れてしまえと思ったりする。
俺がもっとつきあっていたかったし、俺の隣で笑ってほしい。
つまり、それが未練。
未練を乗り越えたものがコウの考え方になれると思う。
でも乗り越えることが…できない。
できないのに、手も口も出さないでいる。
コウのように相手に幸せになとも思わなくなったら無関心。
未練も何もない。
「そうだ。また忘れてた。俺、就職内定決まった。鳶」
コウは俺が黙ったまま考えていると、話題をかえるように言ってきた。
「鳶?」
「家建てる足場組む仕事。ビルの足場もしてるから、そっちのほうがメインかも。梁の上を足袋で歩いてるあれだよ、あれ」
ニッカポッカ着て足袋はいて頭にタオル?
現場大工のよくある作業着を頭の中でコウに着せてみた。
いや、似合うが、どこぞの柄の悪いヤンキーにしか思えない。
「じいちゃんとこで雇ってもらったらいいのに」
同じ柄の悪いヤンキーになるなら宮大工のほうがよさそうに俺は思う。
コウのじいちゃんは棟梁。大工の親方だ。
日本古来の建築様式を今に伝える人間国宝。
技もしっかりしたご立派な大工さん。
仕事には厳しいが、小さいときに物を作ることをコウと一緒に教えてもらった。
孫には優しい。
俺なら雇ってもらおうとしてる。
「仕事によっては他府県で何年と家に帰れないだろ。…あ、で、就職したら一人暮らしすることになった。女連れ込み放題」
コウはうれしそうに言う。
連れ込み放題なのがうれしいのかはわからない。
今のままじゃ、俺は一人暮らしをしても連れ込む女もつくれない。
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