Shan't

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ここにいるのが好き。 晃佑のいない間に部屋を掃除して洗濯しているのが好き。 なんだか新婚気分。 夜の営みはないけど。 私は晃佑のベッドを使わせてもらって、晃佑は床にお布団を敷く。 目の前でばさばさ着替えてくれるから、その裸も見慣れたものだ。 広い肩幅と胸筋。 仕事で重いものでも持っているのだろう。 がっしりした腕。 じーっと晃佑が着替えるのを見ていたら、晃佑は裸のまま私に近づいてきて。 何をするのかと思うと、手のひらで目隠しされた。 「減るもんじゃなし。恥ずかしいなら隠れて着替えればいいのに」 「おまえがじっと見てるからだろ。…チカ、……まだこわいか?」 聞かれて、私は私の目元にふれる晃佑の手にふれた。 この手は好き。 少しかたい指先。 大きな手。 「…大丈夫。この手は私を傷つけようとしないから」 私を甘やかして守ってくれる手。 わかってるのに、時々びくっとなる。 以前のように生活をするのは、すぐには無理だとわかってる。 記憶を…消してしまいたい。 けれど、今ここにいられるのは、それがあったからかもしれないし。 ここにいるのがうれしいと思うから、記憶を消さなくていいとも思う。 晃佑がいないと、きっとこんなふうに思えなかった。 晃佑がこんな人じゃなければ、きっとここにいたいと思えなかった。 以前に求めた私の言葉をきくように、晃佑は他の誰かと電話で話し込むこともなく、ここにいてくれている。 毎日、ちゃんと時間通りってくらいに帰ってきてくれる。 でも。 ……私は晃佑の彼女じゃない。 私は晃佑の自由を奪っているだけの手のかかる居候だ。 いつまでここにいていいの? 新しい彼女をつくる邪魔をしてしまっているよね? 優しくされればされるほど、一緒にいればいるほど。 どうしてこんなに寂しくなるんだろう? 特別に扱ってもらっているのに。 大切にしてもらっているのに。 ……私が言えない言葉を閉じ込めているから。 わかってる。 晃佑の手のひらは私の涙を感じたように拭ってくれる。 その指先が私の目の下を撫でて、私は目を開けて晃佑を見た。 好きなの。 その気持ちは本当なの。 知れば知るほどわからなくなりながらも、もっと好きになってる。 言っても、晃佑の手にふれる私の指先は震えていて。 私はその震えを止めるように晃佑の手をぎゅっと握る。
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