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二兎を追う者、一兎をも得ず。
…え?なに?そういうこと?
そういうことだよな?
…やっと千香に惚れた俺を忘れられる女に会えたと思ったのに。
……自分を恨んでコウを恨む。
俺はバイト先、まだ19だけど人手不足で酒を作らせてもらえるようになって、バーカウンターの中でシェイカーを振る。
ショートグラスに中身を注いで、俺に酒の作り方を教えてくれる店長に出す。
店長は一口飲んでテイスティング。
材料2種類の簡単なギムレット。
簡単ではあるけど、簡単だからこそ深い。
計量して作っても1mlで味が変わる。
「…氷溶けて薄くなってる。もう一杯作れ」
俺はひたすら同じ酒の練習。
メジャーと言えばメジャーかもしれないが、ビリヤードをする客は少ない。
酒を目当てにきてもらえるようにいい酒を店長は出したいらしい。
メインはバー。
ビリヤード台のあるバー。
けれどこの店長、一時期ハスラーとして金を稼いでいたビリヤードのプロでもある。
同じ酒ばかり入ったショートグラスがカウンターに並ぶ。
そんなところに来客。
コウだった。
…蹴り飛ばしたい。
「なにこの酒?」
「飲んでもいいぞ」
店長とコウは軽く会話して、コウは俺の作った酒を次々と空にする。
スピリットそのまま飲んで潰れてしまえと思って濃いのを作ってコウに出してやる。
さすがにコウは潰れた。
潰れても店長に持ち掛けられたビリヤード勝負になると、いつも以上に狙いを外さない。
客もいないからと、俺もビリヤード勝負に入れられる。
まったくもって店長にもコウにも敵わない。
1回はずしたら負ける。
負けてばかりで嫌になる。
こんな腐れ縁いらない。
「美優とまだつきあってんのか?」
俺は探るように聞いてみる。
「つきあってる。くすぐったがりだよな。キスくすぐったいって笑うの。痛いだろってくらい強くしたら感じるの」
…ちょっと待て。
そこまで聞いてない。
聞きたくない。
「おまえより長いつきあい?1ヶ月」
俺はキューを片手にコウに蹴りを入れて、コウはかわす。
当たれと蹴りまくっても当たらない。
蹴り返させて避けて蹴り合う。
ひたすら繰り返した。
疲れた。
…つきあいたいと思える女とつきあいたい。
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