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私のいる世界と彼のいる世界は、きっと高い壁がある。
彼はその壁をよじ登って、いたずらに私のいる世界に顔を出すのだろう。
私の携帯を彼が鳴らす。
教えなければよかった。
私はなぜ彼と電話をしているのだろう?
私は彼とつきあってなんかいない。
『出てこいって。どうせ暇だろ?大学生。遊ぶ金くらい奢ってやるって』
彼は働いているらしい。
建築業。
…私は聞いてない。
彼が自分で言っていた。
「私、紫苑くんの彼女じゃないです」
『コウって呼んで。…あ、やっぱコウスケで。俺もおまえのこと名前で呼ぼうか。名前、なんだっけ?チカって読むの?これ』
トモカです。
私のこと、なんにも知らないのにつきあおうなんてなんで言えるのかわからない。
…かまってくれているのはわかるけど。
誰もかまってほしいなんて言っていない。
強姦したことを気にしてくれてるとも思えないし。
なんの気まぐれなのだろう。
…なんて思うくせに。
かまってくれているのがうれしいとか思っている私もいるのだから、私は私がどうあればいいのかわからない。
「あの、もう…いいです。電話、毎日のようにしないでください。電話代かかります」
『なんで敬語?電話代なんてどうでもいいし。…ちーか。ちかちゃん。遊ぼう?』
いえ、トモカです。
言わないけど。
忘れてるなら…、それでいい。
私はつきあってもいないし、友達でもない。
「紫苑くんの…」
『晃佑』
「晃佑くんの…」
『敬称略で』
「晃佑…」
『そう。俺のなに?』
「女友達に睨まれたくないです」
『そんなのおまえも俺の連れなんだから連れになればいいだろ?』
いつ私は彼の友達になったのだろう…。
電話の向こう側、彼の名前を呼ぶ女の子の声。
そして電話口の近くに聞こえた女の子の楽しそうな笑い声。
もう女友達いらないと思う。
『今、電話中』
『来ないなら放っておけばいいのに。コウ、キス』
『ん…』
ちゅって音が聞こえた。
私は無言で通話終了ボタンを押した。
彼は私のものなんかじゃないし。
私が彼に誘われる意味がわからない。
記憶のないものに、あんな人でも責任をとろうとしているのか?
だったら…。
……だったら、もう関わってこないでと私は言いたい。
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