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そんなバランスの取れた平穏をぶっ壊す刺客が現れたのは、春の訪れを感じる時期だった。
「七崎 一(ななさき はじめ)です。『はじめ』は数字の一って書きます。よろしくお願いします」
そう言ってぺこり、頭を下げた男が、あたしの前でへらっと笑う。
その府抜けたみたいな笑顔が気に入らない。
なのにあたし以外のみんなはそうでもないみたい、だ。
「じゃあ、イチくんだね! よろしくー私ミハル!」
「はい、よろしくお願いします」
「やだーカタイ! そんな畏まらないでよー」
あはは、と笑ったミハルの声が、耳を通り過ぎていく。
キクちゃんの声も、コウタの声も、聞こえない。
ただ、あたしの知らない“イチ”の声だけが耳障りで、あたしはぎゅっと拳を握りしめた。
「ほら、アンタも挨拶なさい。今日から同居人なんだから」
キクちゃんの手が背中にそっと当てられた。
けど、あたしは、その手を振り払った。
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