忠誠

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忠誠

「しょうらい、おじさんのこをおよめさんにするんだ」と王子が言っていたのを、私は覚えている。 *  ひとつの大きな噴水を中心に、石畳の十字路とそれに沿うように椿の藪が植えられている。十字路の先まで行けば、王が治める城下町が見下ろせる。  ここは宮殿にある空中庭園。円を描くような丸い庭には、ぱしゃぱしゃと噴水の上で水が踊り、鍵穴の模様のように植えられた椿が色濃く主張している。  そこの噴水の足元に、噴水の水と一緒に踊る二人の子ども。片方は太陽のように明るい金の短髪を揺らし、片方は肩までかかる亜麻色の髪をくるくると回す。どちらも色白で、金髪の子どもはサファイアのような碧の瞳を、亜麻色の子どもはアメジストのような紫の瞳を爛々と瞬かせ、疲れを知らないかのように踊っていた。 「……そろそろですかな」  ぱちん、と私は懐中時計を閉じると、腰に差したサーベルとは逆のポケットに懐中時計を捩じ込む。そして宮殿の中へ続く廊下から噴水の方へ歩いていき、楽しげな歌声を漏らす二人に近付いていった。 「殿下、そろそろ講師の方がいらっしゃるお時間となります。勉学のご準備を」  そう私が口にした直後、二人は歌をやめて私の方へ向き直る。そして金髪の子ども……殿下は一瞬ムスッと頬を膨らめさせ、しかしその膨らんだ頬を萎めるように、大きくため息を吐いた。 「もっとあそびたいんだけどな……でも、しょうがないんでしょ?」 「陛下が決めたことですので」 「はあい……」  王子は九つにしては物分かりが良い。まだまだ遊びたい盛り、いたずら盛りであるはずなのだが、政治や予算にがめつい女王のせいか、大人の事情をよく知っている。あまり女王陛下の姿を王子に見せたくはないものだが、結果そのおかげで王子が大人の言うことを聞いてくれている。  我が儘を言えば、両陛下や私を困らせるとわかっているのだろう。優しい子だ。 「…………。メルぅ……一緒に来てよー」  しかし甘え盛りではあるらしい。  メルというのは、王子と一緒に踊っていた亜麻色の髪の女の子──私の娘である。最愛の妻が遺した、妻の最初で最期の贈り物。普段は内気過ぎて、人前に出るだけで緊張して過呼吸になってしまうようなか弱い子だが、王子とだけは、打ち解けあった。
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