きっとあの匂い

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ベッドに横たわる加藤 沙耶の鼻孔に、淡い薔薇の香りが漂った。 遙か昔、幼少時代よりも少し幼い頃に嗅いだ匂いだった。 「おーい、起きろ沙耶ー!」 階段下から、父の声がした。その声で沙耶が目覚めると、あの淡い薔薇の香りは、網戸から漂う春風に消えていた。 「分かったよ、今行くー!」 勉強机に吊らされた制服に手をかけ、大きな欠伸をひとつ。窓を閉め、制服に着替えた。 階段を駆け降りると、リビングにはフライパン片手の父と、スーツ姿の母がいた。 父は、沙耶のお皿に卵焼きを乗せ、母は姿勢良く朝飯を食べていた。 厳しい母だった。沙耶が幼少時代の頃から、箸の持ち方、挨拶の仕方、茶碗の持ち方など、小さいことから大きなことまで、厳格に沙耶を育てた。 「いっただっきま~す」 卵焼きのいい香りが匂った。
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