―奇跡―

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 それは全てに牙を向くような宣言だった。  自分は此処にいるという確かな主張で、否定を認めない暴論で、復唱の要求を拒むような咆哮で、全ての思いを乗せた告白だった。  その声を発し、名乗りを上げた男の子は片手を突き出す。威嚇のようなその行動にニキテは跳ねるように後退する。この時にはもう、私は、ダメだっただろう。  私は。  私は、弱いから。 「う、あ……あ」  身体を起こす。足の痛みを思い出す。それでも無理矢理に近付こうと手を伸ばす。私は手を伸ばす。届くはずの距離のものなのに、触れなかったらどうすると、幻だったらどうすると。甘えと恐怖の拮抗から、それでもゆっくりと手を伸ばす。 「……俺はお前に、こんなことを言う資格は無いのかもしれない。あの日、あの時の俺は、お前を守ると選んだつもりで、実際は何も選べていない大馬鹿野郎だったから。だけど、どれだけ考えても、俺は」  仮面の外れた素顔で振り返りながら、そんなことを言うコイツ。その表情はとても一言では語れない。目を瞑ったコイツはそれでも、何の迷いも無く。  私の手を握り、そのまま引っ張った。  私の足への配慮なんて微塵も無い。こんな侵入をしている状況も考慮しない。魔導軍にも貴族達にも背を向けて、力の限りに私を抱きしめる。  私の手は届いている。ちゃんと、コイツに触れている。胸から届く鼓動も耳元の吐息も、私が感じる小さな痛みもその全てが、教えてくれた。  私の傍に、あなたが居ると。 「一番守りたいのは、お前なんだ」  その言葉は……もう、悪魔のようだ。それがどういう意味なのかなんて、教えられない。そんな思考をする余裕が無い。どうしてそんなに簡単に、私を、変えられるのだろう。 「おね、がい……教えて」  知らなかったのかしら、私だって、そんなことを本気で言われて、何も思わないなんてことは、無理だ。もう、ダメだ。私は私を、抑えられない。 「私は、私が分からなくなって……何が正しいのかも、何をすればいいのかも、分からなくなって」  津波のように音が始まる。私に対する罵倒や怒号。場の鎮圧に動き出した魔導軍とそれらを相手にする彼らの声。その全てに掻き消されそうな私の声は、あなたに、届くのか。
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