―奇跡―

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     * * *  魔導軍達が転移の陣を量産し、名高い貴族達をどこかへと運んで行って。この場に残った私達に待てと声を掛けた人物は、アイツだった。アイツであって、くれた。 「驚いたな……あの時の子供が、ここまでの力を手にしたか」 「尋常じゃない時間を過ごした結果かな……だからといって、アンタに届いたなんて思っちゃねえけどよ」  アタシの目の前に広がる、凄惨な光景。  父の守護を任されるぐらいに屈強な獣の兵士達が、揃って地に伏せているというのは、その実力を知っているアタシからすれば、凄惨としか表現できない。  只の一人も傷付けず、相手の力を利用し組み伏せたその男の子は聖堂を出た大広間に立つ。その佇まいは微塵も揺れる事が無いような、強く重い出で立ちで。  アタシを背にして同じように強く立つ父も、それを感じ取ったのか。三色の毛が混じる身体を半身に移して、語りかけるという行為を選んだ。 「だがどうなのだろうな、カイル君。君という人間は今や、脱獄囚のような存在だ。そんな人間がそれほどの力を持っているというのは十分に、危険視するべき状況だと思うのだが」  アタシは――口を挟めない。無理を言ってこの場に来たアタシに課せられた条件は、軽はずみな発言をしないこと。庭園の国という平和な国を壊さない為には、〝敵として現れた相手〟と会話をすることが、出来ない。  誰かに聞かれた時点で、国交問題。  だからアタシはあの時スイに、あんなお願いをしたんだから。 「間違いじゃあねえですよナトリ王。俺だって今の自分が悪性を持っていないなんてことは言わない。ただ、それが間違いだとも思わない」 「それが自分の正義だと?」 「……正義なんて言葉、今の俺には使えない。ただ俺は、今の自分に納得はしてる」 「君が持つ悪性と、そう言ったな。それは、正義の敵は悪であるべしということか。納得が出来ていると言ったな。それは正義の敵はまた違う正義だということか」 「そんな議論を一国の王相手に出来るほど、俺はまだ大人じゃねえです。正義なんて言葉じゃ飾り過ぎだ、信念と言い換えたところで薄過ぎる。〝何かを選ぶ基準〟とまで言い崩してようやく、それらしくなる」  物怖じなんて一切無い。急に年老いたわけでもないのに。以前とは明らかに違う、父さんに対するカイルには、そう。  迷いのようなものが、消え去っている。
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